カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Ambaari】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2009/05/10 22:03   >>

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 クリケットの‘Indian Premier League’の開催と総選挙のおかげで、インド映画の新作公開も控え目となり、私もホッと一息ついている。こんな時こそ後回しになっていた作品を観るチャンスと、カンナダ映画の【Ambaari】を観に行った。
 この作品は1月30日に公開になったもので、ちょうど「100日」達成。実は、カンナダ映画も今年に入ってすでに50本近くが公開されたのだが、100日突破したのはこれ1本のみで、現在公開中のものを見ても、100日行きそうなものはない。今年上半期のサンダルウッド唯一の大ヒット作となりそうな作品なのであるが、実のところ、レビューでの批評家の評価はきわめて低い。どうも「不可解ヒット」のようなのであるが、そんな作品がどうして?というのが私の関心の1つ。
 私が本作を後回しにした理由は、どうにもこうにもヒーローのヨゲーシュが好きになれないからだ。この人は去年の大ヒット作【Nanda Loves Nanditha】(これも不可解ヒットっぽいのだが)に主演してブレイクした若造だが、こんなボロ雑巾のような男を見にどうしてカンナダ人は劇場に足を運ぶのか、というのが関心の2点目。
 しかし、本作にはスプリータという美形アイドル系の女優がヒロインとしてデビューしており、それも注目点となるだろう。
 (写真トップ:YogeshとSupreetha。)

 タイトルの「Ambaari」というのは、【Navagraha】の項目でも紹介したが、マイソールのダサラ祭のときに、女神を象の背の上に乗せるための神座のこと。

【Ambaari】 (2009 : Kannada)
物語・脚本・台詞・監督 : A.P.Arjun
出演 : Yogesh, Supreetha, Rangayana Raghu, Petrol Prasanna
音楽 : V.Harikrishna
撮影 : Satya Hegde
編集 : Deepu S.Kumar
制作 : Lakshmikanth, Suresh

《あらすじ》
 ダヌー(Yogesh)は露店で靴修理をして生計を立てている貧しい若者。学はないが、美しい心の持ち主だった。彼の父(Rangayana Raghu)は飲んだくれのド甲斐性なしだが、シェークスピアをこよなく愛するインテリでもあった。
 ある日、ダヌーの父がヤクザと揉め事を起こしているとき、ダヌーが助けに来る。しかし、乱闘になり、ダヌーはヤクザのボス、カニ(Petrol Prasanna)に大怪我を負わせてしまう。
 大学生のサロー(サラスワティ:Supreetha)は裕福な家庭のお嬢様。ある雨の降る日、サローはたまたまダヌーの露店に雨宿りをし、彼からブルーシートを借りる。その後、サローは何度かダヌーに会い、彼の人柄に惹かれ、真剣に愛するようになる。
 ある晴れた日、サローはついにダヌーに告白をする。それにびっくり仰天したダヌー
は、社会的ステータスの違いを理由に、きっぱりとサローを諭す。だが、そんなことであきらめるサローではなかった。彼女は密かにダヌーの誕生日を調べる。そして、その日に、彼のためにサプライズ・パーティーをやり、自分の真剣な気持ちを伝える。
 サローが靴修理の男を愛していることはついに彼女の父の知るところとなった。父は激怒し、ダヌーに危害を加えようとする。サローはお寺でダヌーに再会し、駆け落ちする決意を伝え、ダヌーも説得される。
 かといって、バイクも車もお金もないダヌーにとって、移動の手段はポンコツの自転車しかなかった。ダヌーはその自転車にサローを乗せ、アグラのタージマハルを目指す。
 サローの父はヤクザにダヌーを殺し、娘を連れ戻すよう依頼する。そのヤクザというのは他ならぬカニだった。サローの父は、後ほど自分の非を認め、ヤクザに依頼した件を取り消す。しかし、もともとダヌーに対する復讐に燃えていたカニは、そんなことお構いなしで、手の者を連れてダヌーを捜索する。
 道中、様々な困難はあったものの、ダヌーとサローはアグラの手前までやって来る。二人が野宿をしているとき、とうとうカニはダヌーを見つける。大乱闘の末、ダヌーはヤクザたちを退けるが、自身も深い傷を負う。
 翌朝、ダヌーとサローはついにタージマハルまで到達するが、、、。

   *    *    *    *

 確かにレビューで酷評されるのももっともな、お世辞にも出来が良いとは言えない作品だった。内容的にも形式的にも‘Old wine in old bottles’という表現がぴったりくる。
 たぶん、前半では美しい純愛劇、後半ではハラハラ・ドキドキの追跡劇を見せたかったのだろうが、ストーリーの組み方が単純すぎて、腰が弱く、どちらもうまく機能していなかった。

 しかし、ヒットしているのも頷けないことはない。インド映画の観客として主流と言える庶民層の感動のツボはきちんと押さえているからだ。
 まず、貧しいが心は美しい青年とお金持ちのお嬢様の恋という設定からして、大衆の好む定番だが、本作のダヌーは理想的に「善いヤツ」として描かれている。例えば、ポリオで歩行ができず、地面に手を突いて移動している少女に特製の「手サンダル」を作ってやるエピソードなどは、私もじ〜んと来た。
 片や、サロー(サラスワティ)であるが、彼女は大学でカンナダの民衆詩人、クウェンプ(Kuvempu)の文学を学んでおり、お金持ちのお嬢様でありながら、自身は社会的ステータスにこだわらない人物として設定されている。実は、ダヌー父子も文学に馴染みのあるものと描かれており、この点、アルジュン監督は文学に象徴されるような、肉欲を超えた精神的な恋愛のイメージを狙ったようで、これはたぶん保守的な層には安心して受け入れられる愛の形だと思われる。
 現実の世界では、こういう二人がくっ付くなんてことはまず起こり得ず、インド映画ならではの夢物語にすぎないのだが、本作のような極端な例になると、社会の底辺でごろごろしている連中が映画の中に見出すのは、たんに夢や希望といった次元のものではなく、女神からの「恩寵」とまで言えるものではないかとも思える。インド映画ではヒーローを神になぞらえることが多いが、本作ではヒロインのサローが女神で、ダヌーが女神にバクティを捧げ、恩寵を授かる凡夫のイメージに重なるのだ。実際、恋人同士になって逃避行を続けている段階でさえ、ダヌーはサローのことを「マダム」と呼んで敬意を表し、ポンコツ自転車を「アンバーリ(神座)」と呼んでいるのである。
 それに関して面白かったのは、映画中でダヌーが「これがアンバーリだ」と言って、ポンコツ自転車を指し示したとき、観客から拍手喝采が起きたことだ。本作を観に来た人たちが、映画に対して何を期待しているかが窺い知れる一瞬だった。

 と、こんなふうに見ていくと、本作がインドの大衆が心地よいと感じるツボをぴったり踏んでいることが分かる。ただ、このツボというのはカンナダ人だけでなく、インドのどこの人でも似たり寄ったりの嗜好を持っているのではないかとも思われる。しかし、だからと言って、これのダビング版か忠実なリメイク版を作って他州でやったら、同じようにヒットするかというと、それもあり得ないと思われるので、結局は、なんでこれがカルナータカ州でヒット作となったのか、核心的な理由は分からずじまいなのである。

 ちなみに、主人公がアグラのタージマハルを目指すという設定は、カンナダ映画の【Amrithadhare】(05:Nagathihalli Chandrashekhar監督)に対するオマージュである。実は、バンガロールからアグラまで自転車の二人乗りで行くというのは誓って不可能なことで、本作の批判点にもなっているが、こんなアイデアだけで映画を1本作ってしまうのがインド映画の凄いところだと言っておこう。

◆ パフォーマンス面
 そんな次第で、このブサイクで貧相なヨゲーシュくんが、下層民の冴えない男子の分身として支持されているのも分からないでもないが、、、それにしても、外見的にちっとも俳優らしくなく、演技もダンスも上手いわけではないこの男を見て何がうれしいのか、理解に苦しむところだ。

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 彼はどうもタミル俳優のダヌーシュの線を狙っているらしく、実際、「カンナダのダヌーシュ」と言及されることも多いのだが、こりゃ、ご本家にしてみれば、迷惑千万なことだろう。
 (写真下:「うげっ、これがオレかよ?」と、タミルのダヌーシュ氏。)

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 ヨゲーシュはたぶん【Duniya】(07)でデビューしたはずだが、同じく【Duniya】でブレイクしたヴィジャイとは実は甥と叔父の関係。どちらもニュータイプのヒーローと位置付けられているが、こういうブサイク俳優がサンダルウッドで幅を利かすとなると、私のカンナダ映画を観るモチベーションも下がるなぁ、、、。

 対して、ヒロインのスプリータについては、大いに目の保養となった。しかし、外見は可愛いのだが、演技もダンスもからっきしで、女優というにはほど遠い。
 まだ18歳ぐらいだし、デビューしたばかりなので、今後の大化けに期待したい。
 (写真下:しっかりお嬢様しています。)

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◆ テクニカル面
 ハリクリシュナの音楽は通俗的なものだが、センティメンタルな3曲はヒットしている。

◆ 結語
 実際に【Ambaari】を観て、作品そのものもヨゲーシュという俳優も、なんでカルナータカでウケるのか、分かったような分からないようなで、むしろカンナダ人とカンナダ映画に対する不可思議さは募る一方だ。私と共にその謎に迫りたい方なら見る価値ありだが、さもなくば通り過ぎるべきだろう。

・満足度 : 2.0 / 5
 

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