カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Olave Jeevana Lekkachara】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2009/06/25 23:05   >>

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 ナーガティハッリ・チャンドラシェーカル監督のカンナダ映画。
 ナーガティハッリ・チャンドラシェーカルは映画監督であると同時に、テレビドラマ監督、作家、社会活動家としても活躍しており、カルナータカ州では著名なオピニオン・リーダーの一人と目されている。
 私は彼の作品では映画を5本観ただけなので、はっきりしたことは言えないが、彼の主な関心事は「インド対西洋」ということのようで、インド社会が西洋化の波に曝されるにつれて生じる問題点をタイムリーに作品化したものが多い。かといって、彼の作品が小難しく退屈なアート・フィルムというわけではなく、ダンスありアクションありコメディーありの娯楽映画仕立てになっているのも特徴だ。
 今回の作品では「似非知識人」が批判の対象となっているようだ。タイトルの「Olave Jeevana Lekkachara」は、全体の意味は取りにくいが、単語の意味だけ並べると「愛の生活の計算」ということになる。

【Olave Jeevana Lekkachara】 (2009 : Kannada)
物語・脚本・台詞・監督 : Nagathihalli Chandrashekhar
出演 : Srinagara Kitty, Radhika Pandit, Rangayana Raghu, Daisy Boppanna, Ashwath Neenasam, Asif Faroqi, Mandya Ramesh
音楽 : Mano Murthy
撮影 : Ajay Vincent
制作 : K.Manju

《あらすじ》
 バルー(Srinagara Kitty)はハレコテという田舎町にある大学で経済を学ぶ貧しい学生。バルーを指導している講師(Rangayana Raghu)はマルクス主義者で、常に「革命」を叫び、インドの伝統的な習慣を軽視している男だった。バルーを含む数人の学生はすっかりこの講師に教化されていた。
 バルーはこの町でスーパーを営む男の娘、ルクミニ(Radhika Pandit)と恋仲になる。彼はルクミニの父にも気に入られ、彼女の家の離れに居候することになる。しかし、バルーからルクミニのことを聞いた大学講師は、恋愛と結婚生活にまったく価値がないことを彼に吹き込む。バルーはルクミニとの関係を軽視し、彼女をたんに金づるとして利用するようになる。
 ルクミニの父はある事情で娘を近所の男(Ashwath Neenasam)と結婚させようと考える。しかし、ルクミニは以前からその男を毛嫌いしていたため、彼女はバルーに駆け落ちを持ちかける。それを知った大学講師はバルーに入れ知恵をする。バルーはその指図どおりに、ルクミニの宝飾類と現金を持って町を去る。約束の時間に駅へ来たルクミニは虚しく待ちぼうけを喰らう、、、。
 それから何年か後、バルーはバンガロールにある大学の経済学講師になっており、師のコピーのように「革命」を叫んでいた。
 しかし、ある日、この大学にコンピュータ・サイエンスの女講師、パヴィトラ(Daisy Boppanna)が赴任して来る。バルーはパヴィトラに好意を寄せ、彼女と懇意になることに成功する。
 パヴィトラの誕生日にバルーも誕生パーティーに招待される。彼は、以前にルクミニから盗んだピアスをパヴィトラに贈る。しかしパヴィトラは、バルーのことを、「革命」を叫んでいながら、庶民の生活については何一つ分かっていないと言って非難し、ピアスを返す。バルーの信念に動揺が生じる。
 そんなある日、バルーは路上でかつての大学講師に再会する。その男はあれほど結婚も財産も否定していたのに、今や妻子持ちで、邸宅に住み、おまけにクリシュナ神の信奉者に様変わりしていた。バルーは難詰するが、元講師は「マルクスとクリシュナは従兄弟だ」とうそぶく。
 自分の信念が完全に誤りだと悟ったバルーは、悔恨の念にかられ、再びルクミニに会うために、ハレコテへと向かう、、、。

   *    *    *    *

 主人公は洗脳された学生のバルー(Srinagara Kitty)だが、しかし、本作のテーマを体現し、興味深い存在なのは大学講師(Rangayana Raghu)のほうだ。
 この男はマルクス主義を標榜し、「貧者は富者に取って代わらなければならない」と叫び、金持ちの家から贅沢品を略奪したり、理屈をつけて呑み代を踏み倒したりするような輩で、しかし部屋にはマルクスやチェ・ゲバラと並んでヒトラーやムッソリーニの写真まで飾っているという、混乱した人物として描かれている。そして、一人で馬鹿なことをやるならいざ知らず、その考えを純朴な青年に吹き込み、洗脳するという性質の悪いことを繰り返している。
 このように、西洋近代思想を消化しきれず、それを自分の都合の良いように曲解し、若者の精神をスポイルする「似非知識人」の存在が、インドに巣食う社会悪の一つとして風刺されている。
 その似非知識人による似非知識に対して、バルーが自分の非を悟り、結局は多くのインド人によって共有・維持されている伝統的な価値観に回帰していく、というのが結論となっている。

 内容的には面白く、見せ方も上手かったと思う。ただ、今の時代にこういうマルクス主義者を戯画化した作品を作らなければならない必然性があるのかな、という疑問もある。
 確かに、インドでは社会主義思想は健在で、左翼系政党も元気だし、ナクサライト(極左過激派)の存在も大きな問題となっている。だが、この分野で、今日的な問題として議論したいのは、その左翼政党に現実的なインドの国家像が描けるかとか、ナクサライトの活動は是か非かとかであり、どうもチャンドラシェーカル監督が見せた形の「似非マルクス主義者」批判というのはタイムリーな問題提起ではないように思える。また、そもそもどうして「似非知識人」を「マルクス主義者」と設定しなければならなかったのか、その意図もはっきり分からない。
 実際にインドの教育現場にはこういう困ったインテリがたくさんいるのかもしれず、私が知らないだけで、それがあちこちで大きな弊害を生んでいるのかもしれないが、それにしても、今のカルナータカ州のどの層の人々にこのテーマの映画がアピールするのか、疑問に思う。

 ところで、この映画はいろいろ曰く付きの作品のようで、例えば、6月17日付の‘The Times of India’紙(バンガロール版)の記事によると、チャンドラシェーカル監督は本作において女性を見下しているということで、ある人々から攻撃されているらしいのである。
 しかし、私が見た限り、ヒロインなどに対する不当な扱いは「誤った観念」に基づくもので、それが間違っているというのが本作の立場だし、リベラルな教養人というイメージの強いチャンドラシェーカルと女性蔑視というのは結び付きにくい(自身も「私はフェミニストだ」と語っている)。上の非難は言い掛かりの類いだと考えたほうがよさそうだ。

 ところが、そうもチャンドラシェーカル監督を持ち上げられない事情もあるかもしれないのである、、、
 (【Olave Jeevana Lekkachara】番外編に続く。なお、Times of India紙の記事については、オリジナルがWEB上で見つからないため、こちらの引用を参照。)

◆ パフォーマンス面
 バルー役のシュリーナガラ・キッティは、この人が出てくると画面が暗くなるという、低気圧のような人であるが、こういうメッセージ志向の作品には向いている演技派だ。しかし、本作前半の大学生の役はあまり上手くなかった。

 ヒロイン、ルクミニ役のラディカ・パンディトは【Moggina Manasu】(08)でデビューした女優で、実は私のお気に入り。
 秀でて美人というわけでも、強いお色気があるわけでもないが、演技は上手い。主演作がいくつか待機しており、サンダルウッドでのヒロインの座は確保したようだ。
 聡明なイメージのあるラディカ・パンディトだが、本作では単純で騙されやすい田舎娘の役を好演している。しかし問題は、彼女はドジョウ掬い程度のダンスもできないのに、本作でもダンスをさせられていることだ。音楽シーンも出演者に合わせた作り方をすべきだと思う。
 (写真トップ:Srinagara KittyとRadhika Pandit。)

 大学講師役のランガーヤナ・ラグは相変わらずのふてぶてしい演技だった。

◆ テクニカル面
 カメラワークは良し。
 音楽(マノ・ムルティ)は標準的。
 なお、本作は超低予算で製作されたらしく、ダンス・シーンの美術・小道具類は布や旗だけという質素なものだったが、それがまたいじらしい。(例えばこんなの。KittyとDaisy Boppannaの音楽シーン。)

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◆ 結語
 【Olave Jeevana Lekkachara】はチャンドラシェーカル監督作品にしては今日性が乏しく、ピントもはっきりしないように思われるが、映画としてはまずまず面白く、良い意味でも悪い意味でもチャンドラシェーカル監督らしさが現れた作品。カンナダ映画を多角的に押さえておきたい人なら観ておいてもいいだろう。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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