カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Manasaare】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2009/10/06 22:16   >>

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 ヨーガラージ・バット監督といえば、【Mungaru Male】(06)と【Gaalipata】(08)の大ヒットにより、カルナータカ州民から最も愛されている映画作家の一人だが、私の心にはまだヒットしておらず、もどかしいものがある。
 本作は、ディガントとアインドリタ・レーという人気急上昇中の二人を主役に据え、やはり今年のカンナダ映画の目玉の一つであった。
 今度こそ、私の中でヨーガラージ・バットの世界が炸裂するか?
 (「Manasaare」は「心から」といった意味。)

【Manasaare】 (2009 : Kannada)
物語・台詞・監督 : Yogaraj Bhat
脚本 : Pavan Kumar
出演 : Diganth, Aindrita Ray, Achyuth Kumar, Raju Thalikote, Balaji Manohar, Neethu, Pavan Kumar, Mithra, Pushpak Rockline
音楽 : Mano Murthy
撮影 : Sathya Hegde
編集 : Joni Harsha
制作 : Rockline Venkatesh

《あらすじ》
 マノハル(Diganth)は自由気ままな若者。ありきたりな人生に満足できず、何か大きなことをやりたいと思っていたが、何をやってもうまく行かず、とどのつまりは負け犬でしかなかった。両親はおらず、叔父の家に居候になっていた。叔父(Achyuth Kumar)はマノハルのことを理解していたが、その妻は彼を毛嫌いし、厄介者扱いしていた。
 マノハルには恋人(Neethu)がいたが、他の男と結婚してしまう。彼女は、結婚式の日にさえマノハルに「愛してる」と言うほどなのに、結局は将来有望なソフトウェア技術者の男を選んだのであった。マノハルはそんなことお構いなく振る舞っていたが、やはり気持ちはすさんでいた。
 マノハルは叔父夫妻の勧めで見合いをするが、その帰り道、彼は友人と口論になり、一人で郊外の道路を歩き出す。ちょうどそこへ精神障害者を収容する施設の車が止まり、逃げ出そうとした患者たちとの間で混乱が起こり、マノハルは無理やり車に乗せられてしまう。
 翌朝、マノハルは人里離れた所にある精神障害者診療施設‘カーマニビッル’に到着する。マヘンドラという本当の患者が逃亡していたため、マノハルはマヘンドラと間違われ、入所手続きがなされる。「自分はマノハルだ!」と主張する彼は、医者(Balaji Manohar)に多重人格障害と診断され、病棟に送り込まれる。叔父たちが身柄を引き取りに来るが、マノハルが正気である確信が持てず、引き取りを見送ってしまう。
 せんかたなく収容所暮らしを始めたマノハルだが、同室のシャンカラッパ(Raju Thalikote)らの入れ知恵で、ある夜、脱走を試みる。しかし、その途中で彼は、女子病棟で悲痛な面持ちで立ち尽くす美しい女性(Aindrita Ray)を目撃する。脱走はうまく行くが、彼は女性のことが気にかかり、施設に引き返してしまう。
 ある時、施設で式が行われている隙に、マノハルは睡眠剤を服用して眠っているその女性を連れ出し、施設の車に乗って逃走することに成功する。翌朝、目を覚ました彼女はナイフでマノハルを刺そうとする。その女性はデーヴィカという名前で、実は、男性恐怖症で入院していたのであった。マノハルはデーヴィカの指し示す方向に車を運転し、やがて一軒の廃屋に到着する。
 そこはデーヴィカの生家だった。デーヴィカの語る断片から、マノハルは彼女の少女時代の体験を知る。デーヴィカはまた、車に設置されている監視カメラの録画映像を見て、マノハルが善人であることを悟り、彼に好意と信頼を寄せるようになる。車は燃料切れで立ち往生するが、デーヴィカの希望で二人は徒歩で施設に戻ることにする。
 叔父が面会に来たときに、マノハルはデーヴィカを紹介し、叔父も祝福する。二人は心を通わせる間柄となるが、しかし皮肉なことに、そんな時に本物のマヘンドラが捕えられ、施設に戻される。マノハルはマヘンドラでないことが証明され、施設を追い出されることになる、、、。

   *    *    *    *

 はい、炸裂しました! 三度目の正直で、やっとだ。
 今年はずっと低調だったカンナダ映画界にとっても、やっとこさ傑作と呼べる作品が現れたと言えるだろう。

 ある青年が思いがけない経緯から精神疾患の女性と出会い、愛するという物語で、聞くと重苦しそうだが、その実、コメディー的な側面は風刺に富んだパワフルなものだし、センチメンタルな側面は繊細でフレッシュで、作品全体が活き活きとした情感によって支えられている。
 社会からも家族からも疎外された「厄介者」を唯一理解したのが「精神障害者」で、その「精神障害者」を病の淵から引き上げたのが「厄介者」だったという、実に泣かせる話だった。

 ヨーガラージ・バット監督というのは、台詞の上手さで観客に訴えかけるタイプの人で、映画的なストーリー展開を作るのは下手なんじゃないか、というようなことを【Gaalipata】評で書いておいたが、実はこの【Manasaare】もそんな弱みがある。各エピソードの煮詰め方がいちいち甘いのだ。それに、理屈から言っても疑問点が多い。
 例えば、そもそもマノハル(Diganth)が別人と間違われて施設に入れられるという設定からして、いかにインドとはいえ、無理がある。また、デーヴィカ(Aindrita Ray)が男性嫌悪症になるきっかけの体験も、描き方としては簡単すぎるように思えた。さらに、長年入院していたデーヴィカが、マノハルとの出会いによってこうも短期間で治癒するものなのか、また、治癒したとしても、興奮時には男を刃物で刺すほどの危険な症状のあった患者を、施設側がこうも簡単に退所させるのか、、、等々。
 ヨーガラージ・バット監督が本作でやりたかったことも分かりにくい。精神病患者への蔑視に対する批判なのか、精神病患者を生み出す社会状況に対する批判なのか、あるいは、精神病患者をも受け入れる純愛の強さを描きたかったのか。
 こんな目で見ると、本作の脚本は完成度が低いとも言え、事実、低い評価を下しているレビューも多い。
 しかし、本作を評価する観客は(私も含めて)そんなこととは違った部分に反応しているようだ。この作品は実はかなりの勢いで客を集めており、私が観たときも、劇場内での観客のリアクションは活発で、多くの台詞や場面に対して歓声が沸き上がっていた。

 私が本作を評価するのは、これに「美しさ」を感じたからであり、その美しさは「若さ」と表裏一体で、若者が(しかも、若者のみが)経験できる恋愛の一局面を鮮やかに描き出しているからである。その一局面とは、魂と魂が出会い、世界が再構成される瞬間のことだ。
 上で書いたとおり、マノハルは「負け犬」、「厄介者」として「世間」から疎外され、その魂は孤立したものとして仮死状態にある。他方、デーヴィカも精神病者として病室に閉じこもりきりで、家族も友達も、もちろん恋人もおらず、その魂はついぞ他者に対して開かれたことがない。そんな二人が出会うことにより、ついに魂が開かれ、世界が意味のあるものとして動き始めるわけである。
 それで、二人は手と手を取り合って歩き始めるのだが、もちろんどこへ行くべきか、本人たちさえ分かっていない。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。二人にとってこの瞬間の世界とは、二人だけの世界であり、そこには「他人」も「世間」もなく、従って、行かなければならない目的地もないのである。
 二人だけだが、すべてでもある世界、こういうエゴイスティックで無責任な「独我論的世界」を構成し、それに浸れることが「若さ」の特権であり、それが罪にならないのが若さの持つ「美しさ」だと私は思うのだが、こういうスパークが弾け飛ぶような一瞬を描き出したインド映画というのは、ちょっと思い浮かばないのである。

◆ パフォーマンス面
 主人公のマノハル役にディガントを持って来たのは正解だろう。バブルな都会で負け組みに入ってしまい、焦燥感と孤独感を感じる若者というイメージにはぴったりだ。
 本作で彼が名演をしていたかどうかは分からないが、次にまたこの人の映画を観てみたい、と期待を抱かせるには十分だった。とにかく、彼が体現しているメトロセクシャルな魅力というのはカンナダ映画界においては際立ってユニークで、カンナダ映画というより「バンガロール映画」のヒーローとして欠かせないコマとなるだろう。(写真下)

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 デーヴィカ役のアインドリタ・レーも光っている。
 【Meravanige】(08)や【Junglee】(09)、【Vaayu Puthra】(09)ではヒーローの相手役としてアイドル的な役回りだったが、本作ではテーマ上重要な、意味のある役を演じている。音楽シーンでは衣装もメイクもばちっと決めているが、ストーリーの部分では精神病患者として、ぼさぼさ髪でメイクもナチュラル、衣装は施設の部屋着のみという、地味なものだった。こういうアインドリタも一見に値する。
 彼女も本作で名演をしていたかどうかは分からないが、「時分の華」とでも言おうか、特に何もしなくても十分魅力的だった。(写真下)

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 総じて、本作の成功は、ディガントとアインドリタのフレッシュさに負うところが多いだろう。

 その他では、患者のシャンカラッパを演じたRaju Thalikoteという人がオモロすぎる。私は初めて見たが、どこにこんな凄いコメディアンが隠れていたのか、不思議でならない。(いやぁ、カンナダ映画界も奥が深い。)

◆ テクニカル面
 マノー・ムールティの音楽がまた良い。
 印象に残るのは3曲ほどだが、そのうちの1曲で、最もヒットしているもののYouTube動画を紹介しておく。サントゥールの音がなんとも切ない。
 http://www.youtube.com/watch?v=u39p2RJo88s

 ヨーガラージ・バット監督作品といえば、映像の美しさでも評判だが、本作も映像は完璧だ。撮影監督はSathya Hegdeで、この人はスーリ監督のお気に入りカメラマンだが、実はヨーガラージ・バットとスーリが友人関係であるため、今回の起用となったらしい。
 ロケ地にはMadikeriやKarwarが選ばれているようだ。

◆ 結語
 【Manasaare】は、【Moggina Manasu】(08)に匹敵するカンナダ若者映画(クサい命名だが)の秀作であるだけでなく、カンナダ映画が強みを発揮できる分野はこれだということをお手本として示したような作品で、その存在意義は大きい。【Mungaru Male】ほどの大ヒットにはならないと思われるが、100日は堅いだろう。お勧め作としたい。

・満足度 : 4.0 / 5
 

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【Pancharangi】 (Kannada)
 ヨーガラージ・バット監督のカンナダ映画。  【Mungaru Male】(06)、【Gaalipata】(08)、【Manasaare】(09)の連続ヒットで、カンナダ映画界では、ことに家族映画・若者映画の分野ではマスト的存在となったバット監督だが、私は【Manasaare】を観るまでは彼の作品の良さが分からなかった。しかし、1つでも面白さが分かると、それを糸口に他作品の掴みどころも分かるようになるもので、【Mungaru Male】と【Gaalipata】もそれなりに面白く再見で... ...続きを見る
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