カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Angaadi Theru】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2010/04/01 02:09   >>

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 【Naadodigal】評の前置きで、近ごろのタミル映画界では「ネオ・リアリズム映画」と呼び得る作品群がトレンドの一つを形作っている、みたいなことを書いた。従来のスター本位・ヒーロー本位のマサラ娯楽映画の様式は採らず、日常的に遭遇し得る出来事や社会問題を写実的に扱った映画のことだが、この分野で成功を収めているのは、なぜかマドゥライ近辺を舞台とした田舎物だ。ダイナミックな経済発展を続けているインドとはいえ、豊かな都市部と貧しい村落部という格差は一向に解消しておらず、それに対する問題意識が若い映画作家たちの目を田舎に向けさせるのかもしれない。ただ、こうしたバブル経済の歪みは都市そのものにも弊害をもたらし、また、仕事がなく、地方から街に出稼ぎに来た人々の身の上にも問題となって現れる。
 この【Angaadi Theru】もそうした問題を扱った作品だ。「Angaadi Theru」は「商店街」という意味だが、その名のとおり、舞台となっているのはチェンナイの‘Ranganathan Street’という、繊維・衣料の店が立ち並ぶにぎやかな通りで、映画はそこにある大型サリー店で働く出稼ぎ従業員の実情に焦点を当てたものだ。
 監督は、【Veyil】(06)で大成功を収めたVasantha Balanで、ほぼ3年ぶりの新作となる。ちなみに、【Veyil】は初めてカンヌ映画祭で上映されたタミル映画らしく、それからして、彼がどんな作品を撮る監督か想像できるだろう。

【Angaadi Theru】 (2010 : Tamil)
物語・監督 : Vasantha Balan
台詞 : Jayamohan
出演 : Mahesh, Anjali, Pandi, A. Venkatesh, Sneha(特別出演)
音楽 : Vijay Antony, G.V. Prakash Kumar
撮影 : Richard Maria Nathan
編集 : Sreekar Prasad
制作 : K. Karunamoorthy, C. Arunpandiyan

《あらすじ》
 タミルナードゥ州南部、ティルネルヴェーリ近くの村に暮らすリングー(ジョーディリンガム:Mahesh)は、非常に成績優秀な学生だったが、父が事故死してしまったため、学業を断念する。彼は就職斡旋業者の求人に応じ、親友のマーリムットゥ(Pandi)と共にチェンナイに出、ランガナタン通りにある大型サリー店‘センティル・ムルガン・ストアーズ’で働き始める。
 都会での就労に夢を抱いて来た二人だったが、現実は夢からほど遠かった。仕事は低賃金な上に、早朝から深夜までほぼ休みなく続き、厳しい規則が定められていて、破ろうものなら現場の監督からこっぴどい体罰を受けた。社員寮や食堂の環境も劣悪を極め、あたかも強制収容所のような有様だった。
 当初、倉庫係だったリングーとマーリムットゥは、「昇進」してフロアーでの販売係となる。そこにはカニー(Anjali)という勝気な女性がいた。リングーとカニーは初めこそいがみ合う仲だったが、いくつかの出来事を経て、恋仲となる。しかし、店内では従業員間の恋愛は御法度だった。ある時、同僚のカップルがラブレターのやり取りをしているところをフロアー監督のカルンガリ(A. Venkatesh)に見つかり、懲罰を受ける。その時、男のほうが女との関係を否定したため、絶望した女が飛び降り自殺するという事件が起きた。
 この事件の後、リングーはカニーとの間に距離を置くようになる。失望したカニーはリングーを拒絶するようになる。だが、カニーの妹の件でリングーが力になったことにより、二人の関係は修復し、より強く愛し合うようになる。
 ある日、女優のスネーハ(Sneha)がテレビCMの撮影のため店にやって来る。店内は大騒ぎで、従業員一同、撮影に見入っていた。リングーとカニーは、この隙に階上の誰もいないフロアーに上がり、二人だけの世界を楽しむ。しかし、その階には鍵が掛けられてしまい、閉じ込められた二人はやむを得ず一夜を店内で過ごすことになる。
 翌日、妹の件で無断外出したカニーはカルンガリから懲罰を受ける。また、店のオーナーがスネーハのCM撮影風景を見ようと監視カメラのビデオをチェックしたとき、そこにリングーとカニーの姿が映っているのを見る。二人は厳しい体罰を受け、リングーは警察に連行される。しかし、すぐに釈放されたリングーは、カルンガリを叩きのめし、カニーを連れて店を飛び出す。
 リングーとカニーは、路上で物売りをしている盲人のアドバイスで、物売りとして生計を立てることにする。寝所さえなかった二人は、歩道で寝ている路上生活者の群れに混じって一夜を明かすことにする。だが、夜中に、他の車にぶつかり暴走したトラックがこの路上生活者の群れに突っ込んで来る。足を骨折したリングーは病院に運ばれ、手当てを受ける。だが、カニーのほうはもっとひどく、彼女は両足を失っていた。ショックで茫然自失となったカニーに対し、リングーは結婚を申し込む、、、。

   *    *    *    *

 鉛か何かを飲み込んだような、ズシリとした重い感覚の残る映画だった。それでいて、主役ペアのロマンスは初々しくて美しく、また、逆境にもめげず力強く生きる彼らの姿には清々しい感動も覚える、実に見応えのある映画だった。

 インドで生活したり旅行したりしたことのある人なら、一度は都市の繁華街に軒を連ねる大型サリー店を覗いたことがあるだろう。サリーやクルタなどの伝統衣料に加え、アクセサリーや関連雑貨、贈答品、果ては子供のおもちゃまでもが一軒で揃うという便利な店で、テレビCMでは人気女優がきらびやかにダンスをしているというものだが、そんな表向き華美な世界の裏側にこんな悲惨な現実が横たわっていたとは、「インドのことだから、、、」と身構えていても、ショックを受けた。

 とにかく、この店で働く出稼ぎの若い従業員たちには人権も何もあったもんじゃない。映画がどこまで事実を反映しているのか、フィクションとしての誇張があるのか、私には判断できないが、もしこれがほぼ真実なら、そりゃあ、映画1本作って告発するだけの価値はある。たぶん、この業界の多くの人も本作を観たと思うが、よくぞ抗議や妨害が起きないものだ。というより、この映画の撮影のために店舗を提供したオーナーがいたとは驚きだ。もしやセットでの撮影?とも思ったが、監督の談によると、実際にある店舗で閉店後の夜の時間帯を使って撮影したものらしい。きっと従業員の労働条件には自信を持っている会社なのだろう。(もっとも、業界のほとんどのショップオーナーたちは、「うちの店はあの映画みたいなことはないさ」と言うだろうが。)

 この映画には3つの側面があるのだが、1つ目は上に記した有名衣料店の劣悪な労働環境の告発。
 2つ目は、リングー(Mahesh)とカニー(Anjali)のロマンスで、もちろんこれが本作のメイン・ストーリー。どん底にあっても愛を貫くという力強いもので、それがまた意外と繊細なタッチで描かれていて、非常に美しいものを感じる。特に、二人が田舎にいた頃の恋バナを聞かせ合う場面は、ほのぼのと面白かった。
 3つ目は、‘Ranganathan Street’を稼ぎ場とする人々の群像。ここには路上物売りや公衆便所管理人、乞食などが集まるのだが、彼らも盲目であったり侏儒であったりと、さらにハンディキャップを背負いながらも逞しく生きる姿が描かれる。これはサブプロットにすぎないのだが、印象的だった。
 ただ、残念なのは、リングーとカニーにしても路上の物売りにしても、動物並みの生活環境に対して、結局は動物的な生命力で克服しているようにしか描かれていなかったことだ。なるほど彼らの逞しさには胸打たれるものがあるが、ここは社会的な救済の道のようなものも示唆しておくべきではなかっただろうか。

◆ パフォーマンス面
 主役ペアについて、まず男のほうから書くと、リングー役のマヘーシュは新人。見てのとおり、バーラトに似たルックスの青年なのだが、ワサンタ・バーラン監督は【Veyil】でバーラトを起用しており、こういうイメージの若者が彼の好みなのだろうか。(あるいは、これがタミルの田舎のちょいとハンサム・ボーイなのかもしれない。)
 十分に熱演していたのだが、本作限定の主役と考えていいだろう。

 カニー役のアンジャリーは賞賛に値する。
 田舎出の、勝気で色気のない娘の役を、ほぼノーメイクでしっかり演じている。ヒロインとして酔わせてくれるキャラクターではなかったが、時おり見せる笑顔は忘れがたい。特にクライマックスで見せた、絶望の淵から希望を見出したときの表情変化の表現は上手かった。
 彼女は【Kattradhu Thamizh】(07)で評価された女優で、主にタミル映画に出演しているが、実はテルグ人のようだ。カンナダ映画でも【Honganasu】(08)に出ているとは知らなかった。
 アイドル女優としては難しそうだが、演技本位の役柄では良い仕事をしそうだ。
 (写真トップと下:MaheshとAnjali。)

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 リングーの友人、マーリムットゥ役のPandiは、テレビドラマの俳優らしい。単なる主人公の引き立て役かと思っていたら、これがけっこう良い役回りで、泣かせるものがあった。(写真下の右)

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 嫌らしいフロアー監督役をやったA. Venkateshは、実は映画監督。
 スネーハが本人役で特別出演しており、過酷な映画の中にあって本当に一服の清涼剤となっていた。

◆ テクニカル面
 音楽は、変則的にヴィジャイ・アントニーとG.V.プラカシュ・クマールの起用となっている。実は、当初はG.V.プラカシュ・クマールでスタートしたのだが、制作期間が予定を大幅に超えたため、途中で降板してしまい、仕方なく後をヴィジャイ・アントニーが引き継いだらしい。
 6曲あるうち、どちらがどれを担当したのかは分からないが、全体的な出来は良い。
 もちろん、作品の内容に合わせて、ど派手なダンス・シーンというものはない。

 映像も素晴らしかったが、担当したのはRichard Maria Nathanという人で、撮影監督デビューらしい。
 ‘Ranganathan Street’の撮影では、自然な情景を壊さないために、隠しカメラを使ったとのことだ。

◆ 結語
 レビューの評価は一律高く、まずは成功作と言えるだろう。そうなると興行成績が気にかかるが、これがフロップに終わるかヒットするか、非常に興味深い。
 おそらく、日本のタミル映画ファンの多くはこういう作品を好まないかもしれないが、これがまた近ごろではタミル人しか作らないような映画なので、タミル映画に関心を持つ人なら、ぜひ鑑賞していただきたい。

・満足度 : 3.5 / 5
 

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