カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Raavanan】 (Tamil)/【Raavan】 (Hindi)

<<   作成日時 : 2010/07/01 21:37   >>

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 【Guru】(07)以来、実に3年ぶりとなるマニ・ラトナム監督の新作。
 マニ・ラトナム監督がごそごそ動いているだけでも話題となるのだが、本作は【Aayitha Ezhuthu】/【Yuva】(04)と同様に、キャストを変えてタミル語/ヒンディー語の2バージョンが同時制作され、アビシェーク・バッチャンやアイシュワリヤ・ラーイ、ヴィクラムらの豪華キャスト、しかもヴィクラムはヒンディー語版とタミル語版で反対の役(主役と敵役)を演じるということで、何かと注目を集める1作となっていた。
 内容としては、叙事詩『ラーマーヤナ』の現代的翻案で、マニ・ラトナム版ラーヴァナ譚となるであろう、ぐらいのことしか明かされていなかったが、封切りが近付くにつれ、おどろおどろしいスチール写真なども公表され、勢い期待が膨らんだ。
 もちろん私としては、タミル語版・ヒンディー語版どちらも観るつもりでいたが、今回は見比べをより厳密にするため、同じ日に同じ映画館で鑑賞してみた。ジャヤナガルにある高級シネコン・INOXで、まず朝10時からヒンディー語版の【Raavan】、午後1時からタミル語版の【Raavanan】を鑑賞した。幸い、どちらも同じスクリーンだったので、ほぼ等しい条件下で比較することができた。
 ちなみに本作品は【Villain】というタイトルでテルグ語版も公開されている。それは観ていないので断言はできないが、キャスト表を見る限り、タミル語版の単純なテルグ語吹き替えのようである。

【Raavanan】 (2010 : Tamil)
脚本・監督 : Mani Ratnam
台詞 : Suhasini Maniratnam
出演 : Vikram, Aishwarya Rai Bachchan, Prithviraj, Priyamani, John Vijay, Karthik Muthuraman, Prabhu, Munna
音楽 : A.R. Rahman
歌詞 : Vairamuthu
美術 : Samir Chanda
撮影 : Santosh Sivan, V. Manikandan
編集 : Sreekar Prasad
制作 : Mani Ratnam, Sharada Trilok (Madras Talkies)

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【Raavan】 (2010 : Hindi)
台詞 : Vijay Krishna Acharya
出演 : Abhishek Bachchan, Aishwarya Rai Bachchan, Vikram, Priyamani, Nikhil Dwivedi, Govinda, Ravi Kishan, Ajay Gehi
歌詞 : Gulzar

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《あらすじ》
 南インドの田舎町ヴィクラマシンガプラムに若き警視デーヴ(Prithviraj)が美しい妻ラーギニ(Aishwarya Rai)を伴い赴任して来る。デーヴはある特務を担っていた。それはこの町と付近の森を縄張りとする無法者ヴィーラ(Vikram)とその一味を掃討することだった。ヴィーラは、警察からは犯罪者・テロリストと断定されていたが、義賊として地元民から慕われていた。それゆえ、警察の対ヴィーラ戦線も困難な状況が続いていた。
 そんな中で、ラーギニがヴィーラに誘拐される。デーヴはラーギニを奪還すべく、部下のヘーマント(John Vijay)、森林保護官のギャーナプラカサム(Karthik)らを伴い、森の奥深くへと突き進んで行く。だが、ヴィーラたちは警察隊の追跡を巧みに逃れ、逆に警察のキャンプを襲い、ヘーマントを拉致する。ヴィーラと兄のシンガラサン(Prabhu)はヘーマントにひどい仕打ちを加える。
 誘拐された当初、ラーギニは粗野で過酷なヴィーラを嫌い、憎んでいた。だが、時と共に彼の人間性に気付き始める。そして、ヴィーラには自殺したヴェンニッラ(Priyamani)という妹がおり、彼女の死がヴィーラの警察への復讐と自分の誘拐の動機であることを知ったラーギニは、彼に対し共感を覚えるようになる、、、。

   *    *    *    *

 あらすじを読んで分かるとおり、本作が『ラーマーヤナ』から借りた部分は、羅刹王ラーヴァナによるシーター妃誘拐と、ラーマ王子による奪還、それにシーターの貞節への疑惑のエピソードである。
 一応、『ラーマーヤナ』と映画の対応する登場人物をまとめておく(『ラーマーヤナ』、【Raavanan】、【Raavan】の順)。
 ・ラーヴァナ : ヴィーラ(Vikram) / ビーラ(Abhishek Bachchan)
 ・ラーマ王子 : デーヴ(Prithviraj) / デーヴ(Vikram)
 ・シーター : ラーギニ(Aishwarya Rai) / ラーギニ(Aishwarya Rai)
 ・ラクシュマナ : ヘーマント(John Vijay) / ヘーマント(Nikhil Dwivedi)
 ・ハヌマーン : ギャーナプラカサム(Karthik) / サンジーヴァニ(Govinda)
 ・シュールパナカー : ヴェンニッラ(Priyamani) / ジャムニヤ(Priyamani)
 ・ラーヴァナの兄弟 : シンガラサン(Prabhu) / マンガル(Ravi Kishan)
 ・ラーヴァナの兄弟 : サッカライ(Munna) / ハリ(Ajay Gehi)

 町の名前は、タミル語版では南インドのヴィクラマシンガプラム、ヒンディー語版では北インドのラールマーティとなっているが、どちらも架空の町と見るべきだろう。(地図によると、タミルナードゥ州のTirunelveli近くにVikramasingapuramという村があるようなのだが。)

 『ラーマーヤナ』の翻案といっても、この聖なる叙事詩の精神を現代的に蘇らせているわけではなく、借りているのは枠組みだけで、内容的にはまったくマニ・ラトナム監督の世俗的な世界観・人間観が展開されている。ただし、主人公のヴィーラ(ヒンディー語版ではビーラ)の人物造形に当たって、ラーヴァナの「10の頭」というのは相当意識しているようである。

 ヴィーラ(ビーラ)は、一応、ラーヴァナになぞらえられているが(映画中でもそう言及されている)、もう一人のモデルとして、名前が示唆するとおり、ヴィーラッパンが挙げられるだろう。
 ヴィーラッパン(Veerappan)は、カルナータカ州、タミルナードゥ州、ケーララ州の州境で威力を振るった山賊で、略奪強盗、白檀・象牙の密輸、身代金目当ての要人誘拐などを事とし、2004年に警察に射殺されるまで200人近い殺人容疑で立件、指名手配されていた悪党だが、彼も自分の妹、弟の死に関して警察に強い復讐心を抱いていたりと、映画中のヴィーラとの類似点は多い。
 ただ、映画を観る限り、マニ・ラトナム監督がこのヴィーラッパンの伝記映画を作ろうとしたとは考えられず、おそらく、インドでは現代も実際にこうした無法者が存在しているという、リアリティーの保証として、ヴィーラッパンに関連付けただけだろうと思われる。(ナクサライトのイメージも意識されているが、非常に曖昧だ。)

   *    *    *    *

 さて、感想を書かなければならないのだが、今なおマニ・ラトナム監督に敬意を表している私としては、非常に辛い。
 たぶん、この作品の性格をひと言で表すなら、「作った側にのみ大きな満足感のある映画」ということになるだろう。監督を始めとするスタッフ、俳優たちは、この困難な映画制作を終えて、「やった!」という大きな達成感・満足感があったと思う。しかし、観ているほうはちっとも面白くないのである。
 もちろん、すべてのレビューで指摘されているとおり、技術面(特に撮影)や俳優のパフォーマンスは素晴らしい。しかし、内容がなく、というより、内容を生きたものとする力強さに欠け、退屈極まりない映画となっているのである。この作品を観て、腹の底から「感動した!」と言える人がいるなら、会ってみたいものだ。(スーパースター・ラジニカーントは本作を観てスタンディングオベーションをしたと報道されているが、きっと小便が我慢できず、エンドロールが出るなり立ち上がってしまっただけなのだろう。)

 理由ははっきりしている(と思う)。マニ・ラトナム監督が主人公ヴィーラ(ビーラ)の人物像の造形に失敗しているからだ。
 マニ・ラトナム監督は、本作で「善」と「悪」の境界が曖昧になる世界を描こうとしたようで、悪玉と見られたヴィーラが本当に悪か、善玉のはずのデーヴが本当に善か、という問い掛けがあるのだが、これを首尾よく描くためには強力な人物像を創り上げなければならない。そりゃあ、人間誰だって善と悪を内に宿しているもので、完璧な善人や悪人はいないわけだが、ここで問題となるのはそういう「一般的な人」のことではなく、マニ・ラトナム監督がラーヴァナやラーマを持ち出してまで描こうとしたのは、「善」と「悪」の価値を越え、それでいて何らかの価値を体現しているような、否、価値そのものを生み出していくような、強力な人間像だったはずである。おそらく、そういう英雄的なヒーロー像を森や川、滝などの大自然のエネルギーにオーバーラップさせながら、ダイナミックな世界観・人間観を描こうとしたのがこの【Raavanan】/【Raavan】だったのではないかと推測するのだが、残念ながら、そのためには本作のヴィーラ(ビーラ)は感傷的すぎた(外見は恐ろしいのだが)。「大山鳴動して、センチメンタルな悪党一匹」といった感じなのだが、これだとヴィーラは単なる「善い人」で、デーヴは純粋に「悪い人」で、善人が悪人に射殺されて「ああ、可愛そう」で終わるのである。
 マニ・ラトナム監督はどんどんスケールの大きな映画を撮ろうとしているようだが、それに反して監督自身の背丈は小さくなっているような気がする。【Nayagan】(87)や【Thalapathi】(91)、【Iruvar】(97)などでは面白い人物を創造していただけに、本作は非常に物足りないものを感じた。

 タミル語版とヒンディー語版では、ストーリーは同じで、シーンやカット割りもほとんど違わなかったと思う。かなり変化を付けてくるのでは、と予想していたのだが、見比べとしてはつまらなかった。
 どちらが良かったということもないが、強いて言うとタミル語版【Raavanan】のほうに活気が感じられ、ヒンディー語版はやや退屈な調子だった。
 どうしてそんな差異が感じられたのかはよく分からないが、タミル語版では観客が随所で笑っており、もしかしたらスハシニさんの書いた台詞が効果的で、タミル人観客の心にストレートに届くものだったのかもしれない。
 ちなみに上映時間は、映画開始からインターバルまではどちらも約1時間、後半開始からエンドロールが出るまでは、タミル語版は約1時間5分、ヒンディー語版は約1時間10分だった。この5分の差が、ヒンディー語版が退屈に感じられた原因の1つになったかもしれない。

◆ 演技者たち
 上に書いたとおり、私的には首をかしげるヴィーラ(ビーラ)像だったのだが、これは演じたヴィクラムやアビシェーク・バッチャンの責任というわけでもないだろう。
 どちらも演技的には熱演していた。どちらが良いかも言いにくいが、私の観察ではヴィクラムのほうが役柄に対する理解が深く、表現が自然だったと思う。アビシェークのビーラは、怪異な雰囲気はよく出ていたのだが、どこかぎこちなく、「マニ・ラトナムのからくり人形」といった印象を受けた。
 それで、父上アミタブ・バッチャンの「編集が悪いせいで、息子の演技がちぐはぐに見える」という批判も飛び出したわけだが(こちらの記事参照)、悪いのは編集ばかりとも言えないだろう。何はともあれ、仮に編集に不備があったとしても、公開された【Raavan】もアビシェークの演技も精彩を欠いて見えるということを、ビッグB自身が天下に知らしめたようなもので、とんだネガティブ・キャンペーンをしてくれたものだ。

 ラーマ王子に当たる警官デーヴ役のプリトヴィラージはまずまずだった。ただし、これはヒンディー語版ではヴィクラムが演じており、ヴィクラムのデーヴ像を見てしまったからには、プリトヴィは落ちて見える。実際、クライマックスではヴィクラムのデーヴはほとんど悪魔にしか見えなかったのだが、プリトヴィはそんなことはなかった(プリトヴィラージも相当人相は悪いのだが)。
 そんなことより、オーラなきヒーローとして有名なプリトヴィラージがオーラ女優のアイシュワリヤと共演するとは、しかも「夫婦」役を演じるとは、こんなことがあっていいのだろうか!? ほとんどインド映画界のアクシデントだが、私ははっきり言いたい、、、「全然夫婦に見えんかったぞ!」
 (写真下:プリトヴィくんがアイシュワリヤとベッドでの睦言シーンを演じる日が来るとは、一体誰が予想し得たであろうか?)

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 ラーギニ役のアイシュワリヤは瞠目すべきだ。
 演技云々というより、まずもってめちゃめちゃ美しい。久々にアイシュに萌えた。しかも、この困難な撮影に耐えたプロ意識は賞賛に値する。
 もっと私を驚かせたのは彼女のセリフ/声なのだが、実はヒンディー語版を観た時点ではアイシュの声が弱く感じられ、「限界?」だと思った。ところが、タミル語版では非常に力強くセリフを発しており、まったくもって満足できるものだった(これも、私がタミル語版のほうを面白く感じた一因である)。それで、タミル語版のラーギニには声優の吹き替えが付いたのだと思っていたのだが、聞くところによると、どうもアイシュワリヤ自身がアフレコしているようなのである。これにはおったまげた。(バージョンによって、どうしてこういう差が出たのかは分からない。)

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 シュールパナカーと思しきヴィーラ(ビーラ)の妹役は、ご存知、プリヤーマニ。10分程度の出番ながら、かなり印象は強く、国家映画賞受賞女優の名に恥じないパフォーマンスだった。
 彼女もヒンディー語版・タミル語版両方でセルフ・ダビングしている。プリヤちゃんのヒンディー語というのもピンと来ないが、あのドスの利いた声で喋られた日にゃあ、訛りも個性に聞こえるだろう。
 (写真下:プリヤちゃんとヴィクラム。)

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 ハヌマーンに当たる森林保護官の役は、タミル版ではカルティク、ヒンディー版ではゴーヴィンダと、共にベテランの俳優が演じている。短い出番で、無駄遣いといえばそうなのだが、ちょっとした息抜きとなっていた。

◆ 音楽・撮影・その他
 満場一致で賞賛されているのは撮影。始めはマニカンダンが担当し、後にサントーシュ・シヴァンに代わったものらしい。
 美しい映像、ユニークかつ的確なカメラアングル、それに見事なロケ地の光景と、視覚的には満点なのだが、映画自体に力強さが欠けるため、「Incredible India」のキャンペーン・ビデオになってしまっているとの批判もある。きつい言い方だが、当たっているような気がする。
 (写真下:良いショットは多かったが、こんな場面が私の琴線に触れた。)

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 撮影に比べて、A.R.ラフマーン担当の音楽は評価がばらついている。私が聴いたところでは、場面と合っていない曲が2曲ほどあり、ラフマーンにしてはイマイチだったのでは、と思っている。

◆ 結語
 【Raavanan】/【Raavan】は、作品に投入されたエネルギーの割には作品側から帰って来るエネルギーが少なく、空虚感の残る作品。外国の鑑賞者や高尚な批評家にはウケるかもしれないが、インド国内では興行的におそらく【Dil Se】(98)と同じ運命を辿るだろう。ただ、なにはともあれ久々のマニ・ラトナム作品だし、技術面や演技面で見るべきところもあるので、やはり一見をお勧めしたい。好みに応じて、ヒンディー語版・タミル語版のどちらを観てもいいと思うが、どちらも観るのは愚かな行いだろう。DVDは、もしメイキング・ビデオが付いているなら、高くても「買い」だ。

・満足度 : 2.0 / 5
 

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