カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Lift Kodla】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2010/08/01 18:22   >>

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 ジャゲーシュ主演のカンナダ映画。
 ジャゲーシュはカンナダ映画界の著名なベテラン喜劇俳優で、その存在感と自在なセリフ回しから「Navarasa Nayaka」(意訳で「Acting King」)の異名を取り、大衆的人気も高い。ところが、私はこれまで彼の作品を映画館で観たことがなく、DVDで【Mata】(06)と【Eddelu Manjunatha】(09)を鑑賞しただけだった(参考に、この2作は面白いのだが、残念ながらDVDは字幕なし)。それでこのブログにも登場してこなかったわけだが、彼が主演級コメディアンとしてブレイクしたのは【Tarle Nan Maga】(92)というスーパーヒット作品で、実は、これは我がウペンドラの監督デビュー作でもある。そんな縁もあって(どんな縁じゃ?)、できるだけ早くジャゲーシュのことも紹介したいと思っていた。
 とは言いつつ、この【Lift Kodla】も当初は鑑賞リストに入れていたわけではなかった。しかし、ちらっとレビューに目を通してみたら、これはテルグ映画【Mee Sreyobhilashi】(07)のリメイクで、同作品はまた日本映画【生きない】(98:清水浩監督、ダンカン脚本・主演)の翻案だということが分かった。日本映画をリメイク・翻案したインド映画というのは極めて珍しいので、やはり取り上げる価値ありだと判断した。
 題名の「Lift Kodla」は「乗せましょうか?」という意味。
 (写真上:右のオッチャンがJaggesh。Sadhu Kokilaと。)

【Lift Kodla】 (2010 : Kannada)
脚本・監督 : Ashok Cashyap
出演 : Jaggesh, Komal Kumar, Archana Gupta, Shashikumar, Raju Thalikote, Rekha V. Kumar, Sadhu Kokila, Karthik, Sudarshan, Sangamesh Upase, Sadashiva Brahamvar, Jeevan, Srinivasa Murthy, Shobharaj
音楽 : V. Manohar
撮影 : Ashok Cashyap
制作 : C.M.R. Shankar Reddy

《あらすじ》
 クリシュナ(Jaggesh)は妻と父の死を経験し、厭世的な気分にいた。彼は「集団自殺バスツアー」なるものを企画し、新聞広告を通して自殺希望者を募っていた。
 そのツアーには、クリシュナの他に、リング・ロード・ガウダ(Komal)という名の借金苦の映画プロデューサー、破産したチットファンド・オーナー、失恋した若者、ダウリーの問題で家族から嫌がらせを受けている妻(Rekha V. Kumar)、息子や孫に見放された老夫婦、結婚を反対されたイスラム教徒とヒンドゥー教徒のカップル、試験に落第した青年の9名が集まった。バスの運転手(Raju Thalikote)さえも同じく自殺志望者であった。計画は、バンガロールからバスで6時間のコダチャードリの丘に行き、頂上からバスもろとも転落するというものであった。
 いよいよ出発の時となるが、あるジャーナリストがこの怪しい企画を嗅ぎ付け、ツアーを中止するよう訴える。しかし、クリシュナら11名は無視して出発する。その直後にジャーナリストは事故死してしまうが、警察は遺品の携帯電話のビデオ映像からこの自殺ツアーの存在を知り、直ちに捜査を開始する。
 ツアーは沈鬱なムードの中で進む。しかし、道中の様々な出来事を通して、一行の心理にも変化の兆しが現れる。そんな中で、「私は死にたくない」と書かれた匿名のメモ書きが発見され、車中に動揺が走る。
 とうとうダウリー妻が心変わりし、バスを止めさせる。実は彼女は妊娠していたのである。これを機に、他の参加者も全員バスを降りる。クリシュナは一同に対して、自分の体験とこのツアーを企画した意図を語り始める。実は、彼の真意は自殺を促すことではなく、自殺の危機にある人々を救い出すことだったのである。
 一行は自殺を取り止め、バンガロールに戻ることにする。しかし、帰りの下山路でバスのブレーキが故障し、暴走を始める、、、。

   *    *    *    *

 様々な事情から自殺を決意した人々が、1台のバスに乗り、集団自殺を図ろうとするものの、最終的には生きる意欲を取り戻す、という話。「自殺は人生の問題を片付ける最善の手段ではない」という真面目なメッセージを伝える作品だが、重くならず、適宜ユーモアを交えた教訓的コメディーだった。心に残るもののある良い映画で、これがリメイクでなければ、強めの賛辞を送りたいところだ。

 自殺志願者たちが翻意するきっかけは、自分たちと同じような問題を抱えた人々、または、自分たち以上に厳しい境遇にある人々がたくましく生きているのを見たり、殉職した軍人の遺体に遭遇したりして、生きる意味に気付くというものだが、わずか6時間の道中で次から次へとこういう出来事に接し、一同がこぞって心変わりするとは、じゃあ、それまでの苦悩は何だったのかと、ちょっと虫が良すぎる気もする。しかし、死を間近にした人の感性というのは鋭くなっているのだろうと、ここは好意的に解釈しておきたい。

 元ネタの【生きない】もテルグ語版の【Mee Sreyobhilashi】も観ていないので、詳細な比較ができないが残念だ。まず第一に、日本版とインド版でどんなギャップ・差異があるのか、非常に気にかかる。90年代末の日本の世相や人々の意識と、今のインドのそれとは違いがあるだろうし、コメディー映画としても、笑わせどころやユーモアのツボが違うので、似て非なるものと推測していいだろう。しかし、その「似」具合と「非」具合を比べればいろいろと面白いことが分かるかもしれない。
 10年前の日本では「集団自殺」ははっきりした社会現象になっていたが、インドでは今もそんな「トレンド」があるとは聞いたことがない。しかし、テルグとカンナダでこういう映画が作られたということは、日本的な現代病がインドにも現れる兆しが見られるということか。テルグ語版【Mee Sreyobhilashi】の制作チームがどんな意図で【生きない】をリメイクしたのか気にかかるし、そもそも彼らがいつ、どんな形でこの日本映画に接したのかもぜひ知りたいところだ。

 【Mee Sreyobhilashi】を3度も観たというテルグ人の話から判断すると、このカンナダ版【Lift Kodla】はテルグ版に即しているようだ。(もっとも、カンナダ版の制作チームが【生きない】を観たかどうかも不明なのだが。)
 ストーリーはほぼ同じだが、主人公の男(テルグ版ではラジェンドラ・プラサドが演じている)が自殺バスツアーを企画する動機が違っている。また、この企画が警察に漏れるきっかけも変更されている。
 ツアーの参加者が自殺を思い立った背景・理由は上のあらすじに書いたとおりで、これは両作ともそれほど違っていない。現代のインドで自殺の理由となり得そうなケースが並んでいるが、村落部の貧農の自殺問題は別次元と考えられたのか、ここでは扱われていない。テルグ版では、これに病苦(癌)による自殺願望も含まれているようだが、カンナダ版では省かれている。「借金苦の映画プロデューサー」というのが入っているのが笑うに笑えない。そりゃあ、テルグでもカンナダでも、「死ねるものなら死んでみたいよ」と嘆くプロデューサーは山といることだろう(実際、今年の2月にカンナダ映画界の著名映画監督兼プロデューサーのオーム・サイプラカシュが自殺未遂を図っている)。
 それぞれの自殺動機の描き方はステレオタイプ的で、あっさりしたものだった。その点、物足りないものを感じるが、しかし本作は、個々の社会問題を深く掘り下げて何らかの警告を発するというような作品ではなく、「死ぬよりは生きるほうがよっぽど素晴らしい」というシンプルなメッセージを情緒的に訴えかけるような作品なので、これはこれでいいのだろう。

 監督のアショーク・カシヤプは、もっぱら撮影監督をしており、時おり監督もするという人らしい。
 このテーマの映画をリメイクとして取り上げたのはタイムリーなことだったと思う。ちょっと心配なのは、映画というのは影響力が強いもので、作り手が「自殺はいかんよ」と言ったつもりでも、これを真似てしまう連中が現れないとも限らないということだ(老婆心だが)。

◆ 演技者たち
 主人公クリシュナ役のジャゲーシュは、もちろん演技的にはゆとりだったが、純コメディーというわけではないので、【Mata】や【Eddelu Manjunatha】ほどの迫力と滑稽さはなかった。
 メッセージ志向の作品とはいえ、ジャゲーシュのために音楽シーンとアクションシーンが用意されている。アクションシーンはいいとして、アルチャナ・グプタと絡んだ音楽シーンはかなり苦しかった。(下)

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 そのアルチャナ・グプタはジャゲーシュ(クリシュナ)の死んだ妻の役。しかし、夫婦というには二人のケミストリーは恐ろしいほど悪かった。
 ストーリー上、重要な役柄だったが、出番は限定的で、パフォーマンスとしては見るべきところがなかった。ただし、やや暗いトーンの作品にあって、ポイントポイントで華やかさを出していた。

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 女優ではむしろ、ダウリーの件で家族にいびられる妻役のレーカ・V・クマールが芝居をさせてもらっていた。
 自殺志望者の中では、バスの運転手を演じたラージュ・ターリコーテが活きの良い大衆演劇的コメディーを見せていた(毎度、この人は上手い!)。借金苦の映画プロデューサー役のコマル・クマールはいつものノリ(この人は実はジャゲーシュの実弟)。
 (写真下:右がRaju Thalikote、左がKomal Kumar。)

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 自殺志望者の1人、ムスリムの青年役をやっていたのはカルティクという名の人で、実は、先日婚約を発表した女優シンドゥ・メノンの実弟。カンナダ語のテレビ番組でビデオジョッキーをやっている人だが、本格的に映画界入りする模様。

 他のキャストでは、警官役のシャシクマール、警視総監役のスーダルシャン、僧侶役のサドゥ・コキラは可もなく不可もなく。シュリーニワーサ・ムルティ、ショバラージらもカメオ出演していた。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽はV・マノハルの担当で、特に聴くべき曲はないが、音楽シーンの挿入の仕方はストーリーの進行とよく合っていて、効果的だった。

 撮影はアショーク・カシヤプ監督自身の担当。クライマックスのバス暴走のシーンはよく撮れている。

◆ 結語
 私的には映画そのものより、こうした映画が作られたという状況のほうに注目したい。しかし、観ても損はないと思う。ただ、内容に感心があるなら、字幕付きDVDがいつ出るかも分からないカンナダ語版を待つよりも、さっさとテルグ語版を観たほうがいいだろう。

・満足度 : 3.0 / 5

 (オマケ画像:にこやかに記念撮影する11人。そもそも死ぬために集まったはずだが。)

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