カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Aaranya Kaandam】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2011/06/18 21:53   >>

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 S・P・バーラスブラマニヤムといえば非常に高い人気を誇る南インドの歌手で、なにせ私の勤めている会社の新入社員(主に南インドの若者)に対するアンケートの「好きな歌手は?」という質問では、毎回ぶっちぎりで最多票を獲得している。還暦もとうに過ぎた御大人だが、世代を問わず愛され、尊敬されているようである。
 ところが、その息子のS・P・B・チャランとなると、父ほどの才能とカリスマ性を受け継がなかったようで、印象度は低い。彼も父と同様、歌手、音楽監督、俳優、映画プロデューサーと、幅広く活動しているのだが、父が本格的な南インド文化の体現者であるのに対し、息子はどこかオタクっぽい。ただ、私はこのチャランが嫌いではなく、俳優として出演した【Saroja】(08)の「どんくさいデブ」はけっこう気に入っている。また、彼が意図的にオフビートな映画を開拓しようとしている点も、タミルのニューウェーブ・シネマを語る上で注目しないわけにはいかない。
 S・P・B・チャランの仕事の中で最もうまくいっているのはおそらく映画のプロデュースだと思う。彼は‘Capital Film Works’というプロダクションを持ち、これまで【Chennai 600028】(07)や【Kunguma Poovum Konjum Puravum】(09)などの注目作を送り出している。そして、6作目のプロデュース作品として発表したのが今回紹介するタミル映画【Aaranya Kaandam】。

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 監督したのはティヤーガラージャン・クマーララージャという新人だが、本作は昨年10月にアメリカで行われた‘South Asian International Film Festival’に出品され、‘Grand Jury Award for Best Film’を獲得している。そんな経緯もあって、インド本国で公開される前から注目を集めていた。

【Aaranya Kaandam】 (2011 : Tamil)
物語・脚本・台詞・監督 : Thiagarajan Kumararaja
出演 : Jackie Shroff, Sampath Raj, Yasmin Ponnappa, Ravi Krishna, Somasundaram, Master Vasanth, Rambo Rajkumar
音楽 : Yuvan Shankar Raja
撮影 : P.S. Vinod
編集 : Praveen K.L. & N.B. Srikanth
制作 : S.P.B. Charan

《あらすじ》
 舞台はチェンナイ北部の下町。
 年老いたマフィアのドン、シンガム・ペルマール(Jackie Shroff)は体力・精力の衰えと共に、組織の統率力も失いつつあった。腹心のパスパティ(Sampath Raj)はそんなドンに取って代わるチャンスを窺っていた。
 ある日、大口の麻薬取引の話が持ち上がる。これにはライバルのドン、ガジェンドラン(Rambo Rajkumar)も目を付けていた。パスパティはガジェンドランを出し抜く策をシンガムに提案する。しかし、シンガムはリスクゆえにこれを拒否する。パスパティは思わずシンガムを罵ってしまうが、これはシンガムを怒らせる。
 パスパティは、シンガムの指図を受けた手の者に追われ、命を狙われことになる。彼はなんとか追っ手から逃れるが、自分の妻を人質に取られてしまう。
 この街に貧しい中年男のカーラヤン(Somasundaram)とその息子のコードゥカープリ(Master Vasanth)がやって来る。親子は闘鶏で金を得るつもりだったが、自慢の鶏がシンガムに殺されてしまい、八方ふさがりになる。ところが、ひょんなことから、パスパティやガジェンドランの狙っていた麻薬がこの親子の手に渡ることになる。
 ガジェンドランは麻薬が消滅したのはパスパティのせいだと考える。これにより、パスパティはガジェンドランの手の者からも追われることになる。
 ところで、シンガムには愛人のスッブ(Yasmin Ponnappa)がいた。彼女はシンガムの「女優にしてやる」という口約束を信じて留まっていたが、そろそろ逃げ出したい気分だった。スッブは、シンガムの部下で臆病者のサッパイ(Ravi Krishna)を誘惑し、ベッドを共にした後、二人でシンガムの部屋を脱出する。だが、いくらもしないうちに、元に所に舞い戻って来る。
 シンガムはカーラヤンが麻薬を持っていることを知り、彼を拉致して拷問に掛ける。しかし、麻薬は息子のコードゥカープリが事前に別所に隠していた。コードゥカープリはパスパティと連絡を取り、父の命を救ってくれるよう懇願する。パスパティは一計を案じ、ガジェンドラン一味とシンガムの手の者とを同じ場所に呼び寄せる。
 一方、シンガムの部屋では、スッブに唆されたサッパイがシンガムに銃口を向けていた、、、。

   *    *    *    *

 予想したとおり、かなりの次元のリアリスティックな映画だった。
 タミル・ニューシネマのキーワードは「リアル」ということで、この写実的手法は「田舎物」においてよく発揮されているが、都市(概ねチェンナイ)の暗部をカメラが嘗め回すという点で、「暗黒街物」もニューシネマのモチーフになり得る。
 雑然とした都市チェンナイの諸相をある程度リアルに捉えた作品として、【Chennai 600028】や【Kattradhu Thamizh】(07)、【Angaadi Theru】(10)、【Baana Kaathadi】(10)、【Naan Mahaan Alla】(10)、【Ko】(11)などがあり、田舎物だけでなく、この分野でも新たなタミル映画が開発されつつあることが観察できる。しかし、この【Aaranya Kaandam】の写実度は群を抜いており、同じく群を抜いて写実的な田舎映画の秀作【Aadukalam】(11)の都会版だと言える。

 新人とは思えない天晴れな出来で、クマーララージャ監督には賛辞を贈りたい。
 ただ、タミル映画として見るならエポックなものだが、外を見渡すと、この手のタッチのギャング映画というのはそう珍しいものでもなく、フランシス・コッポラ監督やタランティーノ監督などの作品を研究した器用な人なら作れても不思議ではないし、インドでもラーム・ゴーパール・ヴァルマ監督などがある程度のことはやっている。
 ストーリー的にも、チェンナイでなければならぬ、というものでもなく、ムンバイやハイダラーバードが舞台でもできるだろうし、極端な話、アメリカやアジアの都市でも成り立ちそうだ。なので、これはタミル映画として観るべきか?という疑問も起きる。
 それでも監督は、登場人物にチェンナイ方言のタミル語をしゃべらせ、タミル映画の音楽を背景に流し、ローヤプラムの裏町にカメラを走らせ、ストーリーに闘鶏をねじ込み、登場人物の背景にチェンナイ港やエグモア駅などを何気に写し、タミル映画であることにこだわっている。

 このタミルに対するこだわりが重要なことだと思う。
 私は、最近のタミル映画が大きく写実に傾いてきた理由として、一つには従来の「フォーミュラ映画」に対するアンチテーゼということもあるだろうが、もう一つは、ハリウッド映画やボリウッド映画の攻勢の中で、タミル映画の作り手が「タミル映画とはなんぞや?」とうことを自問自答した結果だと思っている。「タミル映画とは何ぞや?」という問いは当然「タミル文化とは、タミルとは何ぞや?」という問いに発展し、対象となるタミルの姿を見極める手段として「写実」が相応しかったのだ、ということだと思う。
 このことは上にも例示した【Kattradhu Thamizh】を観て思いついたのだが、同作品は非常に猟奇的な内容を持つ映画だった。そして、これを含めて、近年のタミル映画に猟奇的なものが多いのも偶然的なことではないと思う。「純タミル」に対するこだわりは翻って非タミル文化(例えばヒンディー語文化やアメリカ文化など)に対する敵視を生み、それらによって悪影響を蒙るという認識からヒステリックな反応が生まれるからである。

 さて、話を【Aaranya Kaandam】に戻すと、本作は素っ気のない作りで、当然であるかのようにコメディー・シーンはない。音楽シーンはあっても歌(歌詞)はなく、もちろんダンスなどはない。ただ、台詞と状況にはユーモアがあり、殺伐とした雰囲気の中で時おり爆笑を生んでいた。
 また、映画祭に出品して賞を取っているところから、賞狙いはあったにせよ、かといって本作はアートフィルムではなく、監督自身、商業(マサラ)映画だと位置付けているようだ。(事実、バンガロールでもヴィジャイ主演の映画などと同じような形で宣伝・公開・上映されている。)

 内容(哲学)については、一度観ただけでは分かりにくところがあった。
 題名の「Aaranya Kaandam」は「森の巻」という意味で、叙事詩『ラーマーヤナ』の第3巻の名前(Aranya Kanda)から取られている。『ラーマーヤナ』の第3巻はシーター妃が森の中でラーヴァナに誘拐される有名な巻なのだが、その物語と本作は直接には関係なさそうで、じゃあ、一体何なのか、となるとよく分からない。
 ただ、本作の主要登場人物はすべて「気取り」というか、人が日常的に生活する上で被っている「仮面(ペルソナ)」といったものがなく、「生」の人間として描かれているのが興味深かった。そういう男女の業の物語が展開され、滅ぶべき者が滅び、生き残るべき者が生き残るという、摂理(法)のようなものが垣間見られ、鑑賞後に「達観」のような晴れ晴れとした感覚が残った。

◆ 演技者たち
 本作の話題の一つは、かつてボリウッドの人気スターだったジャッキー・シュロフが主役で出ていることだった。彼は近年ボリウッドではめっきり出演が減り、地方映画にも時おり顔を出すようになった(おそらく、南印4州にすべて出演したはず)。最近公開されたテルグ映画【Shakti】にも出ており、えらく老いぼれた様が痛々しかったが、本作ではそもそも「老いらくのドン」という設定だったのが幸いしている。好演しており、この人材がどうしてボリウッドで働き場所がないのか、不思議なくらいだ。だが、まずセリフは吹き替えのはずなので、評価の3割は声優に渡るべきだろう。

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 パスパティ役のサンパット・ラージは、彼にとってやりやすい役だったと思うが、非常にバイタリティーを感じた。実質的に、本作の主人公はこの人だと言ってもいいだろう。
 (写真下:「汚いインドが好き派」の私としては、チェンナイの裏路地での追っ掛けシーンにはしびれる。)

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 スッブ役はYasmin Ponnappaという女優が演じていたが、おそらくデビューだろう。名前は聞いたことがなかったが、顔は見たことがあると思ったら、バンガロール在住のモデルで、テレビCMにもよく出ているとのことだった。【Slumdog Millionaire】のフリーダ・ピントにちょっと似た雰囲気だった。
 (写真下:何気に背景にチェンナイ港を写しているところがポイント。)

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 サプライズは【7G Rainbow Colony】(04)のラヴィ・クリシュナがマフィアの三下役で出ていることだった。相変わらずの木偶の坊なのだが、監督がラヴィ・クリシュナに当て書きしただけあって、映画には馴染んでいた。
 (写真下:スッブの部屋にいるサッパイ。円形模様のタイルが印象的。)

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◆ 音楽・撮影・その他
 音楽・BGMはユワン・シャンカル・ラージャの担当で、非常に素晴らしい。「ワールド・ミュージック」のサンプル集みたいな嫌いはあるが、ユワンくんの音楽家としての幅が窺える。BGMはRGV監督作品のようなうるさいものではなく、レトロで甘美で切ないものだった。さすがはユワンくん。

 撮影も良い。担当はP・S・ヴィノードで、タミル・ナードゥ出身のカメラマンだが、タミル映画以外にヒンディー映画界でも活躍しているようだ。サントーシュ・シヴァンの助手もやっていたらしい。
 アクション・シーンの作り方も面白い。

 ところで、本作の上映時間は約2時間半という報告と約2時間という報告がある。私が観たのは約2時間5分で、CBFCの認証票でも「3463フィート」と読めたので、やはり2時間強程度だろう。
 本作の検閲認証は「A」指定となっており、52箇所でカット・修正が行われたらしい。それが30分の差になったものと思われるが、すると、映画祭で上映されたのものとインド国内で一般公開されているものはずいぶん違っており、私たちは不完全版を見せられている可能性が高い。言っても詮のないことだが、これは大きい。

◆ 結語
 タミル映画としては画期的なギャング映画で、完成度も高い。だが、さすがに大衆的な支持を得るとは思われず、集客力は弱いだろう。従来型のタミル映画を愛している人はパスできるが、タミル映画の一つの成果として、観ておいてもいいと思う。

・満足度 : 3.5 / 5
 

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