カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Avan - Ivan】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2011/06/21 21:54   >>

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 バーラー監督の注目の新作はこの【Avan - Ivan】。
 バーラー監督といえば、これまで発表した4作品がすべて国家映画賞を始めとする何らかの賞を獲得しているという、タミル映画界における重要人物だが、私は受賞歴や興行成績より先に、彼について語られるべき事柄があると見ている。というのも、「タミル・ニューウェーブ・シネマは誰から、何から始まったか?」という問いに答えるのは難しいと思うが、バーラー監督の1999年発表の【Sethu】がその一つである、とはっきり言えると思うからである。タミル・ニューシネマの傾向が大雑把に「フォーミュラの崩し」だとすると、それは(これまた大雑把に)「アンチヒーロー」と「リアリズム」に要約できると思う。バーラー監督の【Sethu】とそれに続く【Pithamagan】(03)、【Naan Kadavul】(09)はこの2点で非常に大きなインパクトをタミル映画界に与えたと思われるからである(残念ながら【Nandha】(01)は未見)。
 特にユニークなのは「アンチヒーロー」の側面で、バーラー監督の描く主人公は「脳障害者(Sethu)」、「野生人(Pithamagan)」、「サードゥーと乞食(Naan Kadavul)」と、いわゆる「常人」のカテゴリーから外れた人物、従来のインド映画ではほとんどヒーローとして扱われてこなかった人物ばかりである。
 本作【Avan - Ivan】の主人公も何やら度外れな人物っぽく、かなり前に公表された本作のスチルを見たとき、私は興奮した。その主人公(2人)を演じているのはヴィシャールとアーリヤで、それが大きな話題を呼んでいた。
 また、バーラー監督自身が本作を「フルコメディーになるだろう」と予告していたが、ずしりと思いこれまでの作風とは正反対なので、一体どんなものが出て来るのか、それも注目点となる。
 ちなみに、題名の「Avan - Ivan」は「あいつ・こいつ」という意味。

【Avan - Ivan】 (2011 : Tamil)
物語・脚本・監督 : Bala
出演 : Vishal, Arya, Janani Iyer, Madhu Shalini, G.M. Kumar, Ananth Vaidyanathan, Ambika, Jayaprabha, T. Vignesh, R.K, Surya(特別出演)
音楽 : Yuvan Shankar Raja
撮影 : Arthur A. Wilson
編集 : Suresh Urs
制作 : Kalpathi S. Aghoram, S. Ganesh, S. Suresh

《あらすじ》
 舞台はテーニ近郊の村。ワルター(Vishal)とクンブドゥレン・サーミ(Arya)は腹違いの兄弟だったが、母親同士(Ambika & Jayaprabha)の仲が悪かったため、二人もしょっちゅう喧嘩をしていた。父(Ananth Vaidyanathan)の仕事はコソ泥で、兄弟もそれを引き継いでいたが、巧みなサーミに引き換え、ワルターはさっぱり泥棒の才能がなく、むしろ芝居の俳優になりたいと思っていた。
 そんな二人であったが、共通点もあった。この村に敬意を込めて「ハイネス」(G.M. Kumar)と呼ばれている没落地主がいたが、ワルターもサーミもこの老人を敬慕し、ハイネスも二人を我が子のように可愛がっていた。
 ワルターは村の婦人警官ベイビー(Janani Iyer)のことが好きだった。一方、サーミのほうも大学生のテンモリ(Madhu Shalini)に気があった。二人はそれぞれ独特のやり方で愛情表現をする。当初、困惑していたベイビーとテンモリも、あまりのアホさ加減に、それぞれの相手を可愛いと思うようになる。
 ある日、西洋人のゲストを森に案内しようとしたハイネスは、森林警察官に妨害され、侮辱される。それを知ったワルターとサーミはその警察官らを懲らしめるが、サーミは逮捕されてしまう。しかし彼は巧みに一芝居討ち、まんまと釈放される。
 またある日、この村に人気映画スターのスーリヤ(Surya)がやって来、学校の行事に出席する。俳優になりたいワルターはハイネスにスーリヤを紹介してくれるよう頼む。ハイネスの計らいでワルターは壇上に上がり、スーリヤの前でダンスを披露する。それは酷いもので、観衆もスーリヤも呆れ返るが、次にワルターが古典演劇の様式で「ナヴァラサ(9つの感情)」を表現したとき、あまりの素晴らしさに一同は感動し、スーリヤもワルターを祝福する。
 ハイネスはある時、ケーララ州へと違法に牛を流していた密売人(R.K)を見つける。彼が警察とマスコミに通報した結果、密売人は逮捕される。
 サーミはテンモリをハイネスに紹介する。だがその時、ワルターが、この女はハイネスから土地を奪おうとしている男の娘だと暴露したため、ハイネスは二人の仲を認めず、テンモリを追い出してしまう。だが、その行為を悔いたハイネスは、後ほど二人の結婚を認め、土地問題も解決する。
 だが、平和な時も長くは続かなかった。出所した牛の密売人が復讐としてハイネスを殺害してしまったのである。嘆き悲しむワルターとサーミはハイネスの復讐へと動く、、、。

   *    *    *    *

 なかなか面白い映画だったが、期待には届かず、といったところか。
 バーラー監督初のコメディー映画だが、ワルターとサーミ、その母親たち、それにハイネスも加えて、村のバカ者たちが繰り広げる滑稽譚は愉快だったものの、笑いが笑いを呼び、腹がよじれるというほどでもなかった。最後はコメディーを外れて、バーラー監督お得意の復讐路線で片付くのだが、踏み切り地点がそもそも低かったため、大きなカタルシスはない。ただ、復讐シーンの見せ方にはさすがに非凡なアイデアを感じた。

 しっかりとしたストーリーがなく、それが批判を呼んでいる。
 しかし、バーラー監督はストーリーよりもキャラクター造形のほうに多大な努力を払う人で、極端な話、ユニークすぎるキャラクターを描き上げればそれでしまい、ストーリーらしいストーリーがないというのが同監督作品の特徴でもあるので、私はこんなものだと見ている。
 ただ、そうは言っても、本作のワルターとサーミは、スチルから期待できるほどの強烈なキャラクターではなく、その弱さがそのまま本作の弱さとなっているように見えた。バーラー監督のこれまでの主人公というのは、「日常世界」の磁場を変えてしまうような非常に強烈な「制外者」で、ネガティブな価値を与えられている彼らが実は非常に美しい存在だったと、新たな人間の価値に気付くというドラマだったと思う。しかし、本作のワルターとサーミにはそこまでのインパクトはない。

 しかしながら、本作を通して全般的に表現されている情感は美しく、ストーリーの弱さを補っている。
 キーパーソンとなるのが没落地主の「ハイネス」で、これはロシアの小説、例えばゴンチャロフの『オブローモフ』のオブローモフや、ドストエフスキーの『白痴』のムイシュキン公爵のような、滅び行く古い価値観の体現者なのだが、時代の流れとはいえ、失われてしまってもいいのか、忘れてしまってもいいのかと、観客に自問を促すような愛すべき人物として描かれている。このハイネスとワルター、サーミとの間に交わされる愛情・信頼感もストレートで美しく、やはり胸を打つものとなっている。

◆ 演技者たち
 やってくれるだろうとは思っていたが、本作のヴィシャール(ワルター役)は気合い十分、非常に素晴らしかった。
 見せ場はいくつもあるのだが、まず全体を通して、この「斜視」が決まっている。
 そして、映画の冒頭に村の祭でオバサンたちがクットゥ・ダンスを踊るシーンがあるのだが、一人だけ図体のでかい女がいたので、「またシュウェータ・メノンさんがカメオ出演してはるんやわ」と思っていたら、女装したヴィシャールだった! それが意外にお色気ムチムチで、恐れ入った。
 さらに見せ場はいろいろあるのだが、特に「ナヴァラサ」の表現シーンは本作の白眉。クライマックスのアクション・シーンは、アーリヤとツインで来ると思っていたら、ヴィシャールのピンだった。これも良かった。
 それにしても、バーラー監督といえばヴィクラム、スーリヤ、アーリヤをトップ俳優に押し上げた功績を持つ人だが、本作のヴィシャールも「アーチスト」と呼びたい次元にまで彼の能力を引き出している。これもバーラー・マジックか。
 (写真下:この「斜視」はどうやって作ったのだろう?)

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 対して、ヴィシャールほどの衝撃はなかったものの、アーリヤ(サーミ役)の「バカ・キャラ」も楽しめる。彼は【Boss Engira Baskaran】(10)で「バカ者」演技術を会得した感があったが、本作ではよりレベルを上げている。しかも、コミカル面だけでなく、センチメンタル面でも、兄(ワルター)に対する愛情を表白する場面など、泣かせるものがあった。
 (写真下:恋人テンモリ役のマドゥ・シャリニと。)

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 ヒロインは、サーミの恋人・女子大生テンモリ役がマドゥ・シャリニという人。今どき希少価値なテルグ人の女優らしい。どっかで見たはずだが、悲しいかな、思い出せない。
 他方、ワルターの恋人・婦人警官ベイビー役がジャナニ・アイヤルという女優で、こちらは初めて見たと思っていたら、【Vinnaithaandi Varuvaayaa】(10)に助監督役でちらっと出ていた人だった。それにしても、どうかね、この人?(下)

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 ちなみに、この2人のヒロインが結局はワルターとサーミを受け入れるというのは、どう考えてもあり得ない展開だが、タミル映画における「ヒーローとヒロインのミスマッチ」というのは度を外れて楽天的なので、これもタミル映画的文法の許容範囲内だとしておこう。

 ハイネス役のG・M・クマールのプレゼンスも特筆に価する。あまり見かけない人だが、【Aadukalam】(11)にも出ていたようだ。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽はユワン・シャンカル・ラージャの担当。悪くはないのだが、本作は音楽の使い方が消極的なので、特に強い印象は残らなかった。ただ、オープニング・ロールで流れる曲は美しかったし、1曲目のクットゥ・ソングは楽しかった。

 舞台となった村は「Kamudhikkottai」という名前が挙がっているが、どこにあるかは知らない(おそらくケーララ州境辺りの村)。
 ワルターがクリスチャンという設定で、地下教会のような所へ行く場面があるのだが、あれがどこにある何教会なのか、気に掛かる。

◆ 結語
 【Avan - Ivan】はバーラー監督初のコメディー映画ということで、これまでの作品と同じようなものを期待しなければ、まずまず楽しめる。作品そのものに力強さは乏しいものの、描かれている情感は美しい。必見の1本とは言えないが、ヴィシャールのパフォーマンスのおかげで、お勧め作となる。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
興味深いですね。私はヴィシャールはヒーローとしてはどう考えても二軍クラスなので敢えて見る気にはなれないのですが、この役柄であれば是非見てみたいです。

そういえば本物のスターを田舎の村に登場させるというのは「ピッタマーガン」でシムランを出した先例がありますね。
メタ坊
2011/06/22 20:14
ヴィシャールは嫌いではないんですが、近ごろは必見作・ヒット作がなかったのが辛いところでした。

>そういえば本物のスターを田舎の村に登場させるというのは「ピッタマーガン」でシムランを出した先例がありますね。

ああ、そうでした。すっかり忘れていました。
田舎人バーラーの中にセレブ願望みたいなのがあるんでしょうかね。
 
カーヴェリ
2011/06/23 10:11
>田舎人バーラーの中にセレブ願望みたいなのがあるんでしょうかね。

超過勤務で疲弊しきってで帰宅しているのでもともといい加減な記憶がますますあやふやですが、バーラーってばりばりの(多分アイヤンガールの)ブラーミンじゃなかったでしたっけ。だったら田舎出身としても地主のプラブー旦那様の惣領かもしれませんよ。

タミル映画界では未だ反ブラーミン主義の名残があってデビューするのに嫌がらせを受けたという話をどこかで読んだ憶えがあるような気がします。
メタ坊
2011/06/23 20:55
興味深い話をありがとうございます。

バーラーのバックグラウンドについてはまったく知らないんですが、さっきWikipediaを覗いてみたら、マドゥライのアメリカン・カレッジの出身なんですね。ここには私のよく存じ上げている方が勤めており、親近感を感じました。(ちなみに、その方はソロモン・パパイヤの娘さんです。)
 
カーヴェリ
2011/06/24 01:07
卒業生のお父上がそこで教えられてた縁なのでしょうかね。

マドゥライのアメリカン・カレッジって河の向こう側にあるのか…
メタ坊
2011/06/24 05:51
そうですね、河の向こう側ですね。

インドの町は(インドに限ったことではありませんが)、川を挟んでころっと世界が変わるのが面白いところですね。
 
カーヴェリ
2011/06/24 10:01

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