カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【I Am Sorry Mathe Banni Preethsona】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2011/06/25 12:03   >>

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 シュウェータ・メノン主演のマラヤーラム映画【Rathinirvedam】が公開になり、観たかったのだが、毎度この種のマラヤーラム映画がバンガロールで受ける扱いのとおり、やはりシネコンのレイトショーのみの上映だったので、あえなく断念。(シュウェータさんの「吃驚ボディー」はDVDでゆっくり拝ませていただくことにします。)
 それで、代わりに何か手頃な映画は、と探していたら、カンナダ映画の【I Am Sorry Mathe Banni Preethsona】が評価が高いことが分かった。4ツ星を付けているレビューもあったので、待望の傑作カンナダ映画の登場か!と期待に胸膨らませて観に行った。
 監督はラヴィンドラ・H・Pという人で、新人らしい。主演はカンナダの‘ラブリースター’こと、プレーム・クマール。この人にとって久々の主演作になるはず。
 題名の「I Am Sorry Mathe Banni Preethsona」は「ごめん、、、もう一度愛しよう」といった意味。

【I Am Sorry Mathe Banni Preethsona】 (2011 : Kannada)
物語・脚本・監督 : Ravindra H.P
台詞 : Guru Prasad
出演 : Prem Kumar, Karishma Tanna, Sanjjanaa, Tabla Naani, Dileep Raj, Krithika Pande, Amritha Chabria, Karthik, Anand, Vinaya Prasad, Srinagara Kitty, Sumithra
音楽 : Anoop Seelin
撮影 : Ashok Cashyap
編集 : Balraj M
制作 : Vinay Narkar, Ravindra H.P

《あらすじ》
 建築会社に勤めるシャーム(Prem Kumar)は、自分の会社に面接試験を受けにやって来たチェータナ(Karishma Tanna)に一目惚れする。彼は早速プロポーズし、チェータナの両親をも説得し、とんとん拍子に結婚まで漕ぎ着ける。二人はハッピーな新婚生活を送る。
 ある日、シャームはショッピングモールで携帯電話を拾う。その持ち主はシンチャナ(Sanjjanaa)という女性だった。シャームはすぐさまシンチャナの家まで携帯電話を返しに行く。だが、彼女はインターネットを通して高級娼婦を斡旋するビジネスの主催者だった。潔癖なシャームはシンチャナにさんざ雑言を浴びせ、家に帰る。
 翌日、シンチャナはシャームの事務所まで押しかけ、この商売にも愛は存在すると主張し、一人の女性を紹介するから、もしあなたが彼女に惹かれなかったら私の負けで、私の財産をすべて孤児院に寄付し、このビジネスから足を洗う、と挑戦状を叩きつける。シャームはこれを受けて立つ。
 シンチャナはシャームに「ギータ」という名の女性を紹介することにする。ギータには夫がおり、幸せな結婚生活を送っているが、よんどころない事情からシンチャナの会員になっている、とのことだった。
 ところが、シンチャナの指示でシャームは何度かギータと会う約束をするが、入れ違いやドタキャンで一度も会えなかった。しかし、その時々の状況から、シャームは「ギータ」とは自分の妻チェータナのことではないかと疑い始める。そしてある時、ギータが右足を怪我したという知らせを受けるが、シャームが自宅に戻ると、やはりチェータナも右足に怪我をしていたのである。
 シャームは私立探偵にチェータナの素行調査を依頼する。しかし、調査結果からチェータナの問題は見つからなかった。シャームは安心し、妻を旅行に連れて行く。しかし、彼はその後もいくかギータとチェータナの符合に気付き、再び動揺するようになる。
 ところが、ここで思いがけない事実が明らかになる。結婚1周年記念の晩に、チェータナは自分の頭部のX線写真をシャームに見せ、末期の脳腫瘍だと告げる。
 ほどなくチェータナは入院し、危篤状態となる。シャームはチェータナの枕元で、彼女にシンチャナと「ギータ」の件を告白し、自分が妻を疑ってしまったことを深く詫びる。しかし、その時すでにチェータナの息は絶えていた。
 その後、シンチャナがシャームに電話を入れ、ギータが死んだことを告げる。そして、ギータの写真を焼く。

   *    *    *    *

 実験的なテーマ取り、通常のカンナダ映画とは趣を異にするストーリー、緊張感のある脚本と、レビューではこぞって高評価だが、ちょっと褒めすぎじゃないかい!? 私はかなり退屈に感じたし、テーマは興味深いものの、脚本には疑問に感じる部分が多かった。

 テーマははっきりとしている。インドのように恋愛結婚が特殊な、とまでは行かないにせよ、少数派の出来事になる社会では、それを否定的に見る傾向もあり、恋愛結婚してしまったカップルは家族の十分な援助が得られなかったり、自ら結婚生活に迷いが生じたりして、混乱している者も多い。そんな彼らに対して何か確かな格率のようなものを映画界からも与える必要があるのだが、それに対して本作は、結婚生活、殊に恋愛結婚においては、配偶者との愛を疑うものではない、と訴える。
 実は、このテーマはすでにマニ・ラトナム監督の傑作【Alaipayuthey】(00)でもはっきりと取り上げられている。【Alaipayuthey】は妻の夫に対する疑いだったが、本作は夫シャームが妻チェータナの貞操を疑うという展開になっている。

 それはいいとして、脚本には新人監督らしいぎこちなさがあった。
 本作のストーリー構成は、それぞれ問題を抱えた3組の若いカップルに対して、盲目の歌手が友人(シャーム)の話を語って聞かせ、教訓を与えるという「回想形式」を取っている。その回想話というのが上のあらすじに書いた物語で、この主筋部の展開が退屈だった。登場人物はシャーム、チェータナ、シンチャナの3人だけで、しかもほとんどの場面が携帯電話でのやりとり(シャーム&チェータナ、シャーム&シンチャナ)で進むという単調なものだった。実際、映画の終盤では、電話の着信音が鳴る度に、観客から「またか!」というリアクションが起きていた。
 また、回想形式なのだが、それが徹底されておらず、聞き手のカップルたちが映画の中盤で姿を消してしまう。しかし、このカップルは結末部まで置いておいたほうが、若者にメッセージを与えるという意図がはっきりしたと思う(つまり、メッセージ志向の映画からサスペンス映画に流れてしまった嫌いがある)。

 結局、シャームと「ギータ」は一度も会うことはなく、エンディングでシンチャナが燃やすギータの写真も裏面しか見せなかったので、シャームも観客も「ギータ」が誰なのか分からずじまいになる。ギータがチェータナなのかどうかは、まったく観客の想像にゆだねられることになる。これは、念には念を入れて分かりやすく描き、観客に「考えさせる」ということをほとんどしないカンナダ映画にあっては、極めて異例のスタイルだ。おかげで、シャームとシンチャナの「賭け」の勝敗も付かず、売春ビジネスの是非という面白い着眼点もどこかへ飛んでしまったのであるが、しかし、妻の貞操に対する夫の疑惑・動揺を描くのが本作の眼目であるので、これはこれでいい。むしろ、様々な符合から90パーセントの確立でチェータナがギータだと思われても、それでも妻を疑ってはならないというのが本作のメッセージで、そのことを悟ったシャームが深く反省し、妻への愛を再確認したときにはチェータナはいない、という皮肉な物語になっていた。

◆ 演技者たち
 ‘ラブリースター’プレーム・クマールの「揺れる夫」役は評価できる。
 彼は演技・セリフ回しに硬いところがあり、また性格が傲慢で、監督やプロデューサーから疎まれたりして、なかなかトップ男優に躍り出ることができないでいる。しかし、インドでも「ぶさいく軍団」として名高いカンナダ映画界にあっては、ロマンス物に特化できる数少ない俳優であるので、もっともっと活躍してくれることを期待する。

 ヒロインのチェータナ役はカリシュマ・タンナという女優。きれいな人には違いないが、それほどの吸引力はない。きっとモデル上がりで、演技は期待できないだろうと予想していたが、なかなかどうして、立派な演技をするのである。それで調べてみたら、ヒンディー語のテレビドラマでずいぶん経験を積んでいる人だということが分かった。
 (写真トップと下:Prem KumarとKarishma Tanna。)

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 シンチャナ役はサンジャナさん。演技も何もできず、アイドルとしてにこにこしているだけの人、と思っていたら、本作のシンチャナはグレーな役柄で、なかなか印象的。まだ落ちずに業界に残っているようだ。

 物語の「語り部」役を演じたのはタブラ・ナーニで、さすがに上手いところを見せていた。この「盲人」の役柄は【Eddelu Manjunatha】(09)を意識した模様。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽はアヌープ・シーリンという人の担当。あまり聞かない名前だが、過去に【Gooli】(08)や【Eddelu Manjunatha】などの作品を手がけている。本作の曲自体は悪くなかったが、音楽シーンのコンセプトと挿入のタイミングには首をかしげた。

 撮影は、監督としても活躍している(例えば【Lift Kodla】など)アショーク・カシヤプ。こちらは申し分なし。

◆ 結語
 確かに常のカンナダ娯楽映画とは違った実験的な作りなのであるが、この結末には落ち着かないものを感じるカンナダ人も多いだろう。良いメッセージを持つ作品ではあるが、映画としてそれほど面白いものでもないので、お勧め作とはしにくい。
 なお、本作は監督兼プロデューサーのラヴィンドラ自身が1週間で上映打ち切りを宣言したという珍しい作品で(こちら)、幻の1作となるかもしれない。(実際には2週めに入っても若干の映画館で上映されているようだ。)

・満足度 : 2.5 / 5
 

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【Aarakshaka】 (Kannada)
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