カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Jogaiah】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2011/09/06 20:56   >>

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 おそらく、今年のカンナダ映画界の最大の話題作がこのプレーム監督、シヴァラージクマール主演の【Jogaiah】。というのも、このコンピによる【Jogi】(05)は「州民的映画」と言ってもいいほど広くカンナダ人に愛されている映画であり、しかもこの【Jogaiah】は【Jogi】の続編だと伝えられていたからである。また、主演のシヴァラージクマールにとっては本作が出演100本目の記念作品であることも話題を煽る一因となっていた。

 ところで、プレーム監督とシヴァラージクマールには共通項があり、前者は「ハットトリック監督」、後者は「ハットトリック・ヒーロー」と、「ハットトリック」を冠して呼ばれている。というのも、両者ともデビュー3作が大ヒットしたからである。
 このブログでも何度か触れてきたが、プレーム監督は【Kariya】(03)でデビューして以来、【Excuse... Me】(03)、【Jogi】と当て、一躍人気監督となった。しかし、続く【Preethi Eke Bhoomi Melidhe】(08)と【Raj - The Showman】(09)は甚だ評判が悪く、今回も失敗したら「ハットトリック・フロップ監督」の汚名を蒙ることになりかねない。そうはさせじと、プレームも相当気合いを入れ、自身のホームプロダクションを立ち上げて、嫁のラクシタもプロデューサーとしてかなり動いたようである。
 ラクシタの重要な任務の一つがヒロイン女優の選定ということだったようであるが、この件でも志は高く、ムンバイから活きの良いボリウッド女優を連れて来る!と宣言していた。一時はカンガナー・ラーナーウトのようなビッグネームまで名前が挙がっていたほどだが、ラクシタが苦労したにもかかわらず結局は逃げられ、Sumit Kaur Atwalという無名の女優に落ち着いた。(そりゃあ、下のスチルを見れば、たいていの女優は逃げますわね。)

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 一方、シヴァラージクマールのほうは、1986年のデビュー作【Anand】、【Rathasapthami】(86)、【Manamecchida Hudugi】(87)がハットトリック作。私はこの3作をVCDで観たのだが、なるほどこれがけっこう面白く、シヴァンナ(=シヴァラージクマール)もこんな「カワユい」時代があったんだと、笑ってしまった。(字幕なしのVCDしかないが、この3作は一見の価値あり、、、かも。)
 続く100本近い作品群で私が観たのはほんの一部で、全貌はほとんど分からないのだが、ウペンドラ監督の【Om】(95)や【AK-47】(99)、【Jogi】などカルトな人気を誇る作品や、【Nammoora Mandara Hoove】(96)、【Janumada Jodi】(96)、【Chigurida Kanasu】(03)などの秀作もある。
 キャリア25年で100本なら、年平均4本ということになり、マラヤーラム映画界のモーハンラール氏などに比べると遠く及ばないが、スター俳優の寡作化の時代にあっては多いほうで、インド映画の伝統(スターシステム)を保持している俳優だと言える。最近は興行的に振るわなくなったシヴァンナだが、それでも監督・プロデューサーが彼を使うことに躊躇しないというのは注目に値する。
 細かい話だが、本作が「100本目」というのは、企画・契約段階でのカウントで、本作より後に企画された2作が本作を追い抜いて完成・公開され、実は【Cheluveye Ninne Nodalu】(10)が公開100本目、【Mylari】(10)が101本目、そして本作【Jogaiah】は102本目となる。前作【Mylari】はシヴァンナにとって【Jogi】以来5年ぶりのヒット作となった。

【Jogaiah】 (2011 : Kannada)
物語・脚本・監督 : Prem
出演 : Shivarajkumar, Sumit Kaur Atwal, Pooja Gandhi, Ravishankar, Gururaja Hosakote, Praveen, Chandru, その他
音楽 : V. Harikrishna
撮影 : Nandakumar M.U.
編集 : Srinivasa Prabhu
制作 : Rakshita

《あらすじ》
 バンガロールのマフィアのドン、ジョーギことマハーデーヴァ(Shivarajkumar)は、母の死後、暗黒街との関係を絶つ決意をし、「ジョーギはドバイに飛んだ」との偽情報を流し、姿をくらましていた。彼は正体を隠してムンバイ郊外のとあるカンナダ人農家の下で牛飼いとして働いていた。その家の娘ヴィディヤ(Sumit Kaur Atwal)は「バンガロールのドン、ジョーギ」が実は義賊であることを認識し、彼のファンだった。しかし、使用人のマハーデーヴァがジョーギだとは夢にも思わなかった。
 マハーデーヴァ(ジョーギ)のかつての部下3人が、ジョーギを探すためにドバイへ飛ぼうと、ムンバイまでやって来る。それを知ったジョーギは3人と再会するが、折悪しくカルナータカ警察に逮捕されてしまう。実は、ジョーギが消えて以来、バンガロールでは他のマフィアがジョーギの名を騙って数々の悪事を働いていたからである。
 ジョーギ逮捕のニュースはテレビでも大々的に報道される。ちょうどその時、ヴィディヤは結婚式を挙げる直前だったが、ニュースを見てジョーギがマハーデーヴァだと知り、彼のために行動する決意をして、結婚を破棄してしまう。マハーデーヴァの裁判が行われるが、ヴィディヤと弁護士(Pooja Gandhi)が尽力した結果、彼は証拠不十分として釈放される。
 マハーデーヴァは行き掛かり上、以前の仲間と合流し、再びバンガロールの暗黒街を仕切り始める。有力政治家や実業家が「ジョーギ詣で」を始めるが、彼は取り合わない。むしろ彼は、引退した裁判所の速記官から彼らの悪行を聞き知るに及んで、自分の政党を立ち上げようとさえする。
 マハーデーヴァは腐敗政治家や実業家たちにとって脅威となり、彼らから命を狙われることになる。だがマハーデーヴァは逆に彼らを制圧していく。そして、「ジョーギ」の名を騙り、好き放題悪事を働いたマフィアのアンナッパ(Praveen)を始末する。
 マハーデーヴァは、ヴィディヤが自分のために結婚を破棄したことを知り、彼女との結婚を望むようになる。そんな折に、敵対勢力に買収された仲間の裏切りで、マハーデーヴァは襲撃され、重傷を負って入院する。
 すでにその頃、「ジョーギ」は「ジョーガイヤ」と呼ばれ、民衆の熱烈な支持を集めていた。病院に群衆が詰め寄せる。奇跡的に回復したマハーデーヴァに対して、民衆は自分たちのリーダーになってくれるよう懇願する。だがマハーデーヴァは、私はリーダーにはならない、むしろ、市民の一人一人がリーダーとしての自覚を持つべきで、そうすれば社会は良くなる、と民衆を諭す。

   *    *    *    *

 都合により観るのが遅れ、その間、いくつかの口コミ/レビューの評価に接することとなった。それらは概ね不評で、「期待外れ」というものだったので、まったく期待せずに観たら、これがけっこう面白かった。

 予想どおり、よくできた映画というわけではない。プレーム監督作品らしい、分かりにくいストーリー構成と咀嚼しにくいセンチメントを持つ作品だった。
 ストーリーらしいストーリーはないのに、細切れのフラッシュバックのせいで、ストーリーが甚だ追いづらい。これはやめるべきだと思った。(レビューで紹介されているあらすじも間違っているものがある。私も自信がない。)
 言わんとしていることは分かるのだが、プレーム監督はやはりそれを映画として表現するのが下手くそだ。本作でも、「ジョーギ」が「ジョーガイヤ」と一段高い尊称で呼ばれ、カリスマ化していく過程がうまく描けていない。また、マハーデーヴァ(ジョーギ)とヴィディヤのロマンス、ヴィディヤのジョーギに対する愛着なども簡単に処理されすぎている。
 しかし、センチメントという点では、【Jogi】より本作のほうがずっとクールになっている。【Jogi】の母子のセンチメントは私には重すぎたので、本作ぐらいのほうが受け入れやすかった。(もっとも、それがカンナディガの不満点でもあるようだが。)

 本作も「バンガロール腐敗都市観」と政治腐敗がテーマだった。
 アンナー・ハザーレーの運動もあって、汚職はインド映画界でもホットなトピックなのだが、本作の場合は扱いがやや生硬な感じがした。インテリ層には物足りない(あるいは幼稚に感じられる)ものだろう。ただ、プレームはジャーナリストでも思想家でもないし、大衆向けの娯楽映画の範囲内では一定の説得力はあると思う。特に、風刺の対象となった政治家はクマーラスワーミ元州首相やヤディユーラッパ前州首相、バッラーリのレッディ兄弟なのだが、一目でそれと分かるそっくりさんを起用していて、実物を知っていれば笑えるものだった。
 多くのレビューではウペンドラの【Super】(10)と比較し、【Super】のほうに軍配を上げているが、これも要らぬ比較だろう。ただ、本作は【Super】に加え、同じくウペンドラ監督の【Om】やプレーム自身の【Jogi】の焼き直しとも言え、独創性の点では評価が下がる。

 音楽シーンの1つで「朽ち果てたカルナータカ州」をモチーフにしたものがあり、私的には非常に面白いと思った。カルナータカ州を象徴する所、例えばバンガロールにあるカルナータカ州庁舎、MGロード、バンガロール国際空港、マイソール宮殿、フブリのキットゥール・チェンナンマ・サークルなどが、グラフィックスによってまるで廃墟のように描かれており、痛烈な風刺となっていた。(特に荒廃したMGロードの場面では、「バンガロール・メトロ」もぐちゃぐちゃに壊れていたが、これって、まだ開通さえしていません!)

◆ 演技者たち
 お兄ちゃん(シヴァラージクマール)にとって100本目の記念作品。画期的というほどではないが、まずまず記憶に残るパフォーマンスだったと思う。そもそも資質に恵まれた人でもないので、良かったり悪かったりするのだが、「上手い!」と言わせる部分と「くさい!」と思わせる部分が同居するところがカンナダ・スターらしくて良い。全般的に落ち着いた良い演技なのだが、冒頭の「サードゥーのダンス」は滑稽としか言いようのないものだった。

 ヒロインのヴィディヤは予想以上に重要な役回りだった。演じたスミート・カウル・アトワールさんもそれなりに頑張ってはいたが、感動を呼び起こすためには、やはり表現力のある女優を使うべきだったろう。

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 他に特に語るべき俳優はいないのだが、悪役アンナッパを演じた人に見覚えがあると思っていたら、【Kabaddi】(09)で主役を務めたプラヴィーンだった。この人は脇役としてけっこう使えそうな雰囲気。
 プージャ・ガンディーが女弁護士役で、ほとんどカメオ出演に近い形で出ていた。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽はハリクリシュナ。面白い曲が並んでいるが、歌よりも音楽シーン全体の出来を評価すべきだろう。
 プレーム監督は凝り性としても知られるが、本作のこだわりポイントは「3D」。音楽シーンの2つで3D方式を採り入れているが、これは南インド映画では初の試みらしい(正確には初ではないようだが)。3Dの出来については、私は2Dで観たので、評価できず。

 本作は記念的・お祭り的作品といった性格が強いので、映画の冒頭でチランジーヴィ、アンバリーシュ、タミル映画界のヴィジャイとスーリヤ、実弟のプニート・ラージクマールなどが賛辞を寄せている(音楽CD発売セレモニーの映像を転用)。もちろん、プレーム監督自身と嫁のラクシタもスピーチしている。「プロデューサー・ラクシタ」の名前が出たときは、劇場内から大歓声が上がっていた。
 (写真下:なんでこんなに太ってしもたんや、ラクシタ〜!)

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◆ 結語
 【Jogaiah】は、話題の大きさに見合った作品かどうかは別として、それなりに楽しめる。批評家・インテリ層の評価とは裏腹に、大衆的レベルで客は集めると思われる。もっとも、製作費も大きいので、制作サイドが期待したほどの儲けにはならないかもしれないが、そのくらい苦労したほうが、ラクシタの体重管理のためにはいいだろう。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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【Katari Veera Surasundarangi】 (Kannada)
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2012/05/17 02:15

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>なんでこんなに太ってしもたんや、ラクシタ〜!

この写真だけは見たくなかった…あれからまだ3年経ってませんよねえ。

サウスの美女ってどうしてこうなっちゃうんだろ。
メタ坊
2011/09/07 09:57
いえいえ、現実を直視しましょう。
(私ゃ、これでもまだ好きですけどねw)
 
カーヴェリ
2011/09/07 17:08

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