カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Paradesi】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2013/03/21 22:56   >>

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 待ってました! バーラー監督の新作タミル映画【Paradesi】。
 毎度独特な作品を発表しているバーラー監督だが、【Naan Kadavul】(09)以降、特に人物造形に凄みを増し、スチル写真を見ただけで、けっこう満腹。本作でもしゃっくりが止まってしまうほどインパクトのあるスチルが公開されており、「バーラーさんはまたまた乞食映画を撮ったか!?」と思った(例えば、下)。

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 しかし、本作は「乞食」を描いた映画ではなく、イギリス統治時代のタミルの紅茶プランテーションで働く労働者の悲惨な有様を描いたもの。Paul Harris Danielという人が1969年に発表した『Red Tea』(タミル語翻訳『Eriyum Panikadu』)という小説をベースにしているらしい。

【Paradesi】 (2013 : Tamil)
脚本・台詞・監督 : Bala
出演 : Adharvaa, Vedhika, Dhansika, Vikas, Ritwika, Jerry, Shiv Shankar, その他
音楽 : G.V. Prakash Kumar
撮影 : Chezhiyan
編集 : Kishore Te.
制作 : Bala

題名の意味 : 故郷を離れし者
映倫認証 : U
タ イ プ : オリジナル
ジャンル : ドラマ
公 開 日 : 3月15日(金)
上映時間 : 約2時間5分

◆ あらすじ
 1939年の、南タミルのとある小村。祖母と二人暮らしのラーサ(Adharvaa)は頓馬だが気の良い若者。村娘のアンガンマ(Vedhika)はそんなラーサが好きだったが、表向きは彼を茶化し、いたずらばかりしていた。しかしある日、アンガンマはラーサに気持ちを伝え、二人は結婚しようと考える。だが、アンガンマの母は承知しない。ラーサは職無しの文無しだったからである。
 困ったラーサは職を得ようとするが、そんな時に、とある紅茶プランテーションの監督者カンガーニ(Jerry)が村にやって来、茶園労働者を募る。ラーサを含む貧しい村人たちは、目の前の現金に釣られ、労働契約書にサインしてしまう。
 ほどなく一同は茶園に向けて出発する。ラーサも祖母やアンガンマとしばしの別れを告げる。
 だが、茶園に到着した一同は深い失望を味わう。粗末な住居に過酷な労働はさながら地獄のようだったし、脱走を企てるとひどい体罰が待っていたからである。また、若い女は茶園を管理するイギリス人の格好の餌食だった。ラーサと同郷の村娘カルタカンニ(Ritwika)もイギリス人にレイプされる。
 労働者居住区でラーサはマラガダム(Dhansika)という女性と親しくなり、世話を焼いてもらう。マラガダムの幼い娘もラーサになつく。
 ところで、ラーサの村では、ラーサの子を身籠っていたアンガンマが出産する。ラーサは祖母からの手紙でその事実を知る。
 さて、待望の給料日がやって来た。だが、給料は住居費や食費と相殺され、現金など一銭ももらえなかった。絶望したラーサは深夜に脱走を企てるが、見つかってしまい、右足のアキレス腱を切られてしまう。
 そうこうしているうちに、労働者居住区で疫病が流行り、ばったばったと人が死に、カルタカンニも死亡してしまう。イギリス人たちは免許のある医師を居住区に派遣するが、そのキリスト教に改宗したタミル人医師(Shiv Shankar)は、治療に専念するというよりも、イギリス人の妻と一緒にキリスト教の伝道に熱心だった。そんな中で、マラガダムも娘を残して病死してしまう。
 やがて、再び給料日となるが、ラーサは今回も一銭も現金がもらえなかった。絶望したラーサは高台に上がり、泣き叫ぶ。ちょうどその時、カンガーニが新規の労働者の一群を連れて茶園に戻って来る。その中には赤子を抱いたアンガンマの姿もあった、、、。

◆ アナリシス
・スチル写真のイメージからとことん凄惨な物語を予想したが、意外なことに、映画の前半は陽気なもので、素朴な村人の様子が実に活き活きとコミカルに描かれている。これは、バーラー監督が前作【Avan - Ivan】(11)で見せた村の情景とも連なるものだと思った。この村は現在のタミル・ナードゥ州シヴァガンガイ県にある小村らしい。

・だが、後半に入って、故郷を出た村人たちが紅茶プランテーションに到着するところから地獄絵図が始まり、バーラー節が全開する。この陰惨な調子は映画の終わりまで続く。このプランテーションはムンナールにあるものらしいが、ラーサの村からはかなりの距離がある。村人の一行はこの間を徒歩で移動せねばならず、途中で野垂れ死にする者もおり、実は地獄は村を出た時点で始まっていた。

・ベースとなった小説は読んでいないので、本作がどんなふうに映画化されたのかは想像すらできない。ただ、これまでのバーラー監督の作品というのは、登場人物の造形に多大なエネルギーを費やしている反面、ストーリー展開は「登場人物に聞いてくれ」みたいなところがあったのだが、本作ではちゃんとストーリー展開があり、きちんと結末のオチも付いていた。これは原作に負うている部分かもしれない。

・本作の面白さは、「対比」を効果的に使っている点だろう。まずもって、映画の前半と後半が共に南インドの田舎を舞台にしながら、片や明るく無垢で健康的で、片やイギリスに侵略され、経済的にだけでなく、生命まで搾取される死に至る園として描かれている。カメラもこれを上手く映し出している。前半の村の陽気な結婚式の様子と、後半の疫病でばったばったと人が倒れ死ぬ労働者居住区の様子が、共に移動カメラによる長回しの技法で上手く収められている。

・もっと効果的な対比は、エンディングの「泣き」だ。ラーサとアンガンマは久々に再会することになり、共に泣き崩れる。しかし、この二人の「泣き」の意味がまったく正反対だったのは面白い。

・1回観ただけでは、バーラー監督が何を言いたいのか、なかなか確定しにくいが、エンディングの強い「訴え調」からすると、「タミル人(インド人)がイギリス人にされたことを忘れるな」とか、「現代の紅茶プランテーションでも昔とさして変わらない問題がある」とかいったメッセージを伝えたかったのかもしれない。または、「人間の残虐さ、人間存在の弱さ」を哲学的にクールに俯瞰したかったのかもしれない。しかし、こういう絶望的な終わり方はバーラー監督らしいと言えるに違いないが、私の感触では、ラーサとアンガンマが命を賭して故郷の村へ帰り着くという終わり方もありだったと思う。そうすれば、より広い観客層の涙を絞れたと思う。

・イギリス統治時代のプランテーション経営の実態がよく分かり、いい「勉強」になったが、それよりももっと、疫病対策に招かれたインド人医師が、英国人妻と一緒にキリスト教の布教活動をする場面が興味深かった(原作の著者は医師らしい)。コミカルに、皮肉たっぷりに描かれている。ただ、他の場面と比べて、このシーンだけ浮いているような印象を受けた。

・かなりの異色作だが、総合的には、バーラー監督の作品の中でも最高のレベルになる。ぜひお勧めしたい。

◆ パフォーマンス面
・バーラー監督といえば、ヴィクラム、スーリヤ、アーリヤ、ヴィシャールの役者としてのキャリアを一段押し上げたアーチスト・メーカーだが、そんなバーラー監督が本作で主役(ラーサ役)に抜擢したのは故ムラリの息子、アダルヴァーくん。彼はまだ【Baana Kaathadi】(10)と【Muppozhudhum Un Karpanaigal】(12)の2作しか出演しておらず、両作ともぱっとしないパフォーマンスだったが、さすがに本作では芝居らしい芝居をしている。それからして、彼の頭の良さが窺い知れたが、ただ、スターとしての器量はどうだろう? 本作で成功したからといって、ヴィクラムやスーリヤと同じ道を歩めると期待するのは難しいと思った。

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・アンガンマ役はヴェーディカーさん。村の快活な娘の役を一生懸命演じていて、好感が持てた。しかし、私的にはこの役はアンジャリにやってもらいたかった。

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・アンガンマとは対照的に、夢も希望も失せた子持ちの茶摘み女、マラガダムを演じたのはダンシカさん(カタカナ表記はあてずっぽう)。演技らしい演技はしていないが、絵的には惹かれるものがあった。彼女はモデル上がりで、もっと現代的な都会娘もやれるはずだが、なぜか【Aravaan】(12)に続いて本作でも小汚い田舎娘役。宿命か?

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・意外に印象に残ったのはカルタカンニ役のRitwikaという女優。結婚したての新妻で、本来村に残るはずが、茶園で働くことになった夫に付き従ったばかりに、イギリス人にレイプされるわ、疫病で死ぬわで、散々な目に遭う女の役だが、一つの泣きポイントを作っていた。

◆ テクニカル面・その他
・音楽はG・V・プラカーシュ・クマールの担当。音楽シーンがいくつも入るという映画でもないが、数少ない音楽シーンもBGMも作品のムードに合った良いものだった。どうも先に映像が撮影されてから、歌の作曲・作詞が行われたらしい(これはインド映画では非常に珍しいことだろう)。

・撮影はチェーリヤン(カタカナ表記は当てずっぽう)という人が担当しているが、これがなかなか良かった。上で言及した長回しの移動撮影や、茶園の俯瞰撮影などが良かった。カラー作品ではあるが、色調はぐっと抑えてセピア調だった。時代物にセピアはありふれた発想のようだが、これが非常に効いていた。

◆ 満足度 : ★★★★☆
◆ 必見度 : ★★★★☆

◆ 鑑賞データ
・鑑賞日 : 3月16日(土),公開第1週目
・映画館 : INOX (Jayanagar),16:55のショー
・満席率 : 2割

 (オマケ画像:共にモデル上がりの女優さんなんだから、けばけば写真も載せてやらないと。左にDhansika、右にVedhika。オーディオCD発表会のスチルより。)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
キリスト教宣教に対するサタイアはバーラ監督が生まれ育った環境で歴史的にアメリカン・ミッショナリが支配的だったことが関係してるのではないでしょうか。そもそもムンナールていうかより厳密に言うとコダイカナルはアメリカン・ミッショナリが拓いたヒルステーションですし、そこに行きつくまで幾つかのヒルステーション候補地が疫病のせいで放棄された背景があります。
考えてみるとバーラ自身がマドゥライのアメリカン・カレッジの出身でしたね。その辺からしてインサイダー情報にアクセスし易かった可能性は十分あるかもしれません。
メタ坊
2013/03/23 16:20
なるほど。
こうした事柄にはまったく疎いので、想像すらできませんでした。
南インドの茶園に関する歴史的背景については、いつか時間のあるときにご教示ください。
 
カーヴェリ
2013/03/24 12:45

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