カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Kasthuri Nivasa】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2014/11/12 18:18   >>

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 1965年公開の【Satya Harischandra】は2008年にカラー化リバイバル公開され、大きな話題と共に再ヒットしたが、ラージクマール作品のカラー・デジタル化第2弾として【Kasthuri Nivasa】が公開された。本作の白黒オリジナルは1971年の公開で、ラージクマール主演のソーシャル映画の傑作に挙げられる。監督はB・ドライラージとS・K・バガワーンのデュオ(通常「ドライ&バガワーン」と呼ばれる)で、60年代終わりから90年代にかけて多くのヒット・カンナダ映画をものにした名匠。
 カラー化の指揮を取ったのは、【Satya Harischandra】と同じく、K・C・N・ガウダだが、他界してしまったため、息子のK・C・N・モーハンが後を引き継ぎ、バンガロールの企業にカラー・デジタル化の作業を委託したようだ。
 題名の「Kasthuri Nivasa」は、「カストゥーリ」が香料として使われる「麝香」のことで、「ニワーサ」が「家」なので、不細工だが「麝香御殿」という日本語を当てておいた(普通には「香り高き家」、「善き家」という意味で理解されるが)。
 ところで、去年より過去のヒット・カンナダ映画のリバイバル公開が相次ぎ、これは裏を返せば、現時代のカンナダ映画界が魅力的な新作を作る活力を失っているのではないか、ここまでレジェンドに頼らなければならないのか、と突っ込む余地もあるが、何であれラージクマールの作品が映画館で観られるのは歓迎である。
 (写真下:マジェスティックのブーミカ劇場前の様子。凄い熱気だが、バンガロールの上映館のすべてがこうというわけではない。)

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【Kasthuri Nivasa】 (1971/2014 : Kannada)
物語 : G. Balasubramanyam
脚本・監督 : Dorai-Bhagvan
出演 : Rajkumar, Jayanthi, Rajashankar, K.S. Ashwath, Balakrishna, Narasimharaju, Aarathi, Baby Rani, Baby Lalitha, その他
音楽 : G.K. Venkatesh
撮影 : B. Dorairaj, Chittibabu, N.G. Rao
編集 : Venkataram
制作 : K.C.N. Gowda

題名の意味 : 麝香御殿
映倫認証 : U
タ イ プ : オリジナル
ジャンル : ドラマ
公 開 日 : 11月7日(金)
上映時間 : 約2時間30分

◆ あらすじ
 ラヴィ・ヴァルマ(Rajkumar)は「鳩印マッチ」製造会社のオーナー。富豪家の生まれの彼は先祖代々より受け継いだ「麝香御殿」に暮らし、先祖代々が行っていたように町の人々のために慈善活動を行っていた。そのため、また彼の潔癖な人格もあって、人々から多大な尊敬を集めていた。そんなラヴィだが、彼は妻のラクシュミー(Aarathi)と娘を亡くしており、心に孤独も感じていた。しかし、彼には信頼の置ける執事のラーマイヤ(K.S. Ashwath)と女秘書のニーラ(Jayanthi)がいた。
 ある日、ラヴィの会社にチャンドル(Rajashankar)という男が入社する。ラヴィはチャンドルの率直な態度を気に入り、すぐさま工場長に登用する。また、ラヴィはチャンドルをアメリカへ研修旅行に行かせようとするが、チャンドルは辞退する。妻に先立たれたチャンドルは、幼い娘ラーニーの世話をする必要があったからである。それを知ったラヴィは、ラーニーを預かることにし、チャンドルをアメリカへ行かせる。
 ラヴィはラーニーの中に死んだ娘の面影を見出し、溺愛する。クリスマスの日にサンタクロースに扮したラヴィは、ラーニーからプレゼントとして天国にいる「母」を所望される。弱ったラヴィは秘書のニーラを呼び、母親を演じてもらう。ラーニーはニーラを本当の母だと信じ、なついてしまう。そんな時にチャンドルがアメリカから帰って来る。彼はラーニーを自宅に連れ帰ろうとするが、ラーニーは母親(ニーラ)から離れようとしない。ラヴィに指示され、ニーラは仕方なくチャンドルの家に滞在することにする。
 ラーマイヤはラヴィの孤独感を察し、ニーラと結婚するように提言する。意を決したラヴィはプロポーズの手紙を書き、ラーマイヤに託すが、行き違いでその手紙はニーラに渡らない。逆に、そうとは知らずにニーラはチャンドルと結婚したい旨をラヴィに相談する。ラヴィは心乱しつつも二人の結婚を認め、盛大な結婚式を執り行う。その際にお祝いとしてチャンドルに先祖代々より受け継いだ指輪まで与えてしまう。
 その頃よりラヴィの凋落が始まる。ラヴィは、マッチの原料を積んだ船が沈没し、大損害を蒙る。しかし彼は人々への慈善活動を止めず、借金が増えていく。一方、独立して「鷲印マッチ」の製造会社を立ち上げたチャンドルは大成功を収める。ニーラが出産した際に家にやって来たラヴィに対し、チャンドルは鳩印と鷲印の合併を提案するが、プライドの高いラヴィはそれを断る。しかし、直後にラヴィの工場が火災事故で全焼し、彼はついに麝香御殿まで売却する羽目になる。その御殿を競り落としたのは他ならぬチャンドルだった。彼はラヴィに御殿の権利を丸ごと譲渡しようとするが、ラヴィはそれを断り、チャンドルとニーラとラーニーに麝香御殿に住まわせ、自分は離れ家に住むことにする。
 だが、ビジネスで富を得、麝香御殿の主人となったチャンドルは必ずしも幸福ではなかった。彼は、ニーラがなおもラヴィを慕い、敬意を抱いていることと、麝香御殿の無言のプレッシャーに苛つく日々だった。チャンドルはさらにラヴィの後を継いで市長職に就くが、その祝賀パーティーで波乱があり、娘のラーニーが死んでしまう。
 これを機に、ラヴィは御殿から完全に離れ、ラーマイヤの小屋で暮らすことにする。死期が近づいていることを悟ったラヴィは遺言をしたため、ラーマイヤに託す。そんな時にニーラが小屋を訪れ、ラヴィに願い事をする。ラヴィはそれを聞き、愕然とする、、、。

・その他の登場人物 : ボージャラージャイヤ(Balakrishna),サンパト(Narasimharaju)

◆ ざっくりしたコメント
・つい先日、昼食時に道を歩いているとき、小洒落た格好をした女子大生が2人、楽しそうに大声で話しながら歩いているところ、向こうからやって来た酔っ払いの中年男が女子大生とすれ違いざまに「わぁっ!」と爆音に近い声で叫んで彼女たちを威嚇した。2人は涙目になるぐらい驚いていたが、私は「ああ、あのオヤジ、都会でしょぼい暮らしをしていて、やるせない気持ちでいるときに、何不自由のなさそうな女子大生を見て爆発したんだな」と、同情しないでもなかった。そしてこの【Kasthuri Nivasa】を観て、ふと思った、あのオヤジも昔の封建的共同体社会の中に生まれていたなら、こんな疎外感を味わうこともなかったろうに、と。

・本作が何を言いたいかは、正確に言い当てるのは難しいだろうし、それは私の仕事ではないと思っている。ただ、時代の変遷の中で、失われていく古き善き時代の社会システムと人間の徳への哀惜というのはあるだろう。本作の舞台は、物語中で町の名前が一度も言及されないが、ナヴラング劇場やラールバーグなどのスポット名が何気に出てくるところからすると、バンガロールと見て問題ないだろう。時代は、本作公開の少し前だとすると、60年代終盤のインディラー・ガーンディー首相が社会主義路線を取り始めた頃となるが、この時代のバンガロールがどんな様子だったかは分からない。ただ、本作を見る限り、バンガロールが近代的な工業都市へと発展していく過渡期にあるように見える。今やすっかり西洋的な産業都市、人が利己的になりがちな大都会になってしまったバンガロールだが、当時はまだ小宇宙的な共同体システムが残っていたようで、あの中でなら、例の酔っぱらいのオヤジも居場所があっただろう。

・その共同体的社会の中心に位置し、理想的な人間の徳を体現していたのが「お館様」で、本作ではラージクマール演じるラヴィ・ヴァルマになる。ラヴィの家系が何者なのかは分からない。地主なのか王族なのか、カーストが何なのかも映画中では言及されず、単にマッチ工場のオーナーとなっている。ただ、作品中でのラヴィは、先祖代々がそうしていたように、「嘘はつかず、誰からもサポートは受けず、頼み事には決してノーと言わず、頭は常に下を向かずに上を向き、手は空に向けずに地に向ける」とキャラクター付けされている。彼はどんな苦境にある時でもこの信念と行動を貫き、結果的に没落者となるのだが、そのプライドの高さに観客は美しいものを感じ、感動する。(この「手は空に向けずに地に向ける」という表現は奇異に感じられるが、手(手のひら)を空(上)に向けるというのは物をもらうときのポーズで、地(下)に向けるというのは物(例えばお金)をつかんで与えるというポーズを表している。つまり、ラヴィは施しはするが、受けないという意味。)

・だからといって、本作のラヴィは純粋にインドの伝統の体現者というわけではなく、日常的に洋服を着、外車に乗り、会話にも英語を頻繁に交える(おそらく、英国留学ぐらいは経験しているだろう)という人物として描かれているのが面白い。どうしてこういうキャラクターなのかは分からないが、当時のバンガロールの富豪はこんなふうだったとも考えられる。

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・本作の登場人物は具体的な個々人をリアルに描いたものというより、すべて何らかの象徴として現れているようだ。面白いことに、本作にはマッチ工場経営者が3人登場する。ラヴィ・ヴァルマが「鳩印マッチ」、チャンドルが「鷲印マッチ」、そしてもう1人、あらすじには盛り込めなかったが、コメディアンのバーラクリシュナ演じるボージャラージャイヤというオヤジが登場し、彼が「鴉印マッチ」。3種の「鳥」のイメージからだいたい察しが付くとおり、鳩のラヴィが生まれつきの無垢性と聖性を体現する英雄的人物、鷲のチャンドルが世俗的だがダイナミックに生産活動に従事する勤勉的市民。本作の予言どおり、鷲型人間が鳩型人間を駆逐してしまったのは歴史に見るとおりである。

・そして面白いのが鴉のボージャラージャイヤ。彼はおそらく出自はラヴィ・ヴァルマと変わらない名家だったと思われるが、すっかり俗物の拝金主義者に成り下がっている。お館様の堕落した形と言え、義弟のサンパト(ナラシンハラージュ演じる)にいちいち茶化される。このバーラクリシュナとナラシンハラージュのコメディー・トラックは、面白さとしてはいまいちだが、作品のテーマ上、重要な役割を演じている。(このように、ヒーローとリバースの人物像を担うというのが、インド映画のコメディアンの重要な役割だったと思う)。

・チャンドルのもう一つの属性として「孤児」というのがある。これは女秘書のニーラもそう。この孤児というのはもちろん「親がいない人」ということだが、私が見た感じでは、どうも特定のカーストや階層に結び付ける必要のない、根なし草的な、いわばどのカースト/階層からも出現し得る「近代的市民」の象徴であるように思われた。孤児(=市民)のチャンドルは持ち前の才覚と努力でラヴィが持っていた物すべてを手に入れる。しかし、結局悟ったのは、自分は決してラヴィを越えることも並ぶこともできないということだった。逆に言うと、ラヴィにはそれほどの「高貴さ」があったというわけだが、この高貴さが何なのか、どこから由来するものなのかは私にも謎だ。しかし、インド映画というのは本来こうした人間の高貴さ、英雄性をテーマにしてきたはずだ。

・ラヴィの高貴さというのは、運命を毅然として受け入れる態度を通して表現される。上で書いたとおり、ラヴィはプライドが高く、誰のサポートも受けず、結果的に没落するという、ある意味「大馬鹿者」の人生を歩む。チャンドルとニーラの結婚式の場面で、ラヴィは先祖代々から受け継いだ、この家系の幸運が宿るとされる指輪をチャンドルに与える。それを見て嘆く執事のラーマイヤに対し、ラヴィは「幸運は指輪の中にあるわけではない」と言って、親指で額に線を引くような仕草をする。この仕草は「運命」を表現するもので、これからすると、ラヴィはすでに自分の運命を知っており、それを受け入れる覚悟ができていたのだと思われる。

・もちろん、たぶんラヴィもうまく立ち回れば、没落を回避することはできただろう。しかし、それはできないのである。なぜなら、それをやると、自分は鷲のチャンドルや鴉のボージャラージャイヤになってしまうからである。そもそも運命は神が決めるもので、人間に変えられるものではないということをラヴィは知っている。そして、よし変えられたとしても、自分は「麝香御殿」の人間で、それにふさわしい格のある人間だと自覚しているラヴィは、鷲や鴉にはなれないのである。この矜持と共に宿命に従うラヴィの悲劇性が本作の美しさかな、と思う。(しかし、ラヴィが見ていた運命とはどんなものだったのか、また、麝香御殿は何を象徴しているのかについては、ぴったり言うのは難しい。)

◆ 演技陣へのコメント
・ラージクマール(ラヴィ・ヴァルマ役)
 ラヴィ・ヴァルマというキャラクターは理念的な存在とも言えるので、【Satya Harischandra】鑑賞記でも記したとおり、こういう人物をさも実在するかのごとく演じるには、ラージクマールほどの演技力と面構えとカリスマ性がなければ無理だと、改めて実感した。好きな場面は、、、やっぱり額に親指で一文字を引くところかな。ドアを閉めてから白髪を抜く場面も可愛かったけど。
 (写真下:ドクター・ラージ扮するサンタさんが天然色で蘇る!)

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・ジャヤンティ(ニーラ役)
 ジャヤンティの出演作はいくつか観ているが、あまり芝居の上手い女優という印象はない。しかし、本作では珍しく良い芝居をしており、間違いなく代表作。

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 ところで、このお方は今でも稀に銀幕に顔を出すが、下は【Raj - The Showman】(09)からのスチル。面の皮が2,3枚厚くなったかな、ということ以外、基本的に変わってないね。

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・ラージャーシャンカル(チャンドル役)
 この人についてはほとんど知らないのだが、重要な役を堅実に演じている。

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・ラーマイヤ役のK・S・アシュワトはさすがに名優らしい働きをしている。ラヴィの亡妻ラクシュミーを演じたアーラティはほぼカメオ的な出演だが、ラージクマールとの音楽シーンでは指笛も賑やかに鳴らされていた。

・バーラクリシュナ(ボージャラージャイヤ役)とナラシンハラージュ(サンパト役)によるコメディー・トラックは、上で書いたとおり面白さは平凡だが、いろいろと興味深い点はあった。ここにはもう1人、ボージャラージャイヤの娘プラバーが登場するが、女優の名前は特定できず。

◆ テクニカル面・その他(覚書)
・音楽 : G・K・ウェンカテーシュ ★★★☆☆
 本作もカンナダ人の愛唱するヒット曲が並んでいるのに、それ対してに3つ星とはあんまりかな。どうも古い映画の音楽は評価が難しい。

・6曲あるうち、‘Aadisi Nodu Beelisi Nodu’という歌が最も劇場内の盛り上がりが凄かった。これはラヴィがラーニーに起き上がり小法師のような人形が表す「哲学」を歌って聞かせる場面だが(写真下)、内容的には転んでも滅ばないたくましい人間像を自然の摂理や神の意思の次元にまで広げて歌ったもの。本作でも【Bangaarada Manushya】(72)でも、ラージクマールが体現した「カンナダ男」の精神とは、「正直で、プライドを持ち、苦境にあってもめげす、屈せず、信念を曲げず」ということであり、その不屈のカンナダ魂がこの歌に表現されているらしい。実はこれはラージクマールの葬儀の日に一日中流されていたという話も聞く。というわけでこの歌は、【Aakasmika】(93)の‘Huttidare Kannada’と同じく、カンナダ民族を鼓舞する歌と見なされているようだ。

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・撮影 : B・ドライラージ,チッティバーブ,N・G・ラーウ ★★★☆☆
 これも3つ星はあんまりかもしれないが、やっぱり古い映画の技術は評価しにくい。

・注目の「カラー化」だが、なるほど本作はカラフルな場面も多いので、カラー化も悪くはないが、きれいすぎる嫌いがあった。【Satya Harischandra】のようなエピック映画なら、不自然にキラキラしていても問題はないが、本作のようなソーシャル映画の場合は、渋く白黒でもかまわないと思う。もっとも、それは私(日本人)のセンスであって、現地人的にはカラーのほうが歓迎だろう。ただ、それでも私が苦言を呈するのは、カラーにするなら「ここは」という勝負色があると思うのだが、私の場合、それは「月」の色だった。ラヴィがチャンドルにニーラとの結婚を譲ったとき、それは名前(チャンドルは「月」、ニーラは「青」)から推して二人が結ばれる運命にあることを悟ったからである。なので、ここは「青い月」を美しく表現してほしかったのだが、それがいまいちに見えた。

・音声のほうも改善したらしいが、残念ながら台詞の音は良くなかった。BGMは新たに録音した部分もあるようで、それはかまわないが、コメディー・シーンに変な効果音が入るのには興ざめも。

・本作はシュリー・ガネーシュ・ビデオから白黒版のDVDが出ているが、それにはないシーンがカラー版で復活している(祝賀会のダンス・シーンと酒場でのアイテム・ナンバー)。逆に、DVDにはあるのに、カラー版では落ちている場面も若干あるが、ここではいちいち指摘しない。

◆ 完成度 :(採点せず)
◆ 満足度 : ★★★★★
◆ 必見度 : ★★★★★

◆ 鑑賞データ
・鑑賞日 : 11月9日(日),公開第1週目
・映画館 : Gopalan Cinemas (RR Nagar),13:00のショー
・満席率 : 9割
 

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