カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【O Kadhal Kanmani】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2015/04/22 21:24   >>

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 マニ・ラトナム監督の期待の、、、もとい、多くの関係者、ファンが「今回は大丈夫??」と不安げに見守る中で公開された新作は、ドゥルカル・サルマーンとニティヤ主演の【O Kadhal Kanmani】。
 言うまでもなく、マニ・ラトナムといえばインドを代表するエース監督だが、今世紀に入って評価が落ち始め、興業的にも苦戦が続き、「死んだ」との声もちらほら聞かれた。私も複雑な気持ちで見ていたが、作品のテーマ、技術的な出来映えなどは申し分ないのに、結局のところイマイチ面白くないので、弱ってしまった。このブログでも【Guru】(07)、【Raavanan】(10)、【Kadal】(13)で偉そうに批判を書かせていただいた。
 だが、この新作は、評判の芳しくない同監督の大作路線とは違って、小ぶりのラブストーリーのようだった。思い返せば(って、その頃はインド映画を観ていなかったが)、マニさんといえば【Pallavi Anu Pallavi】(83)、【Mouna Ragam】(86)、【Geethanjali】(89)など、ラブストーリーで名声を得た人じゃないか。今回は期待できそうだ。(と、私の心配はよそに、好評ヒット中だが。)
 題名の「O Kadhal Kanmani」は、「Kanmani」の意味が分かりにくい(そもそもは「瞳」という意味の言葉で、タミルの女性名にも使われる)。私が観たショーには英語字幕が付いており、それには「darling」という訳が付いていた(テルグ語ダビング版【OK Bangaram】の「Bangaram」にもそんな用法がある)。

【O Kadhal Kanmani】 (2015 : Tamil)
脚本・監督 : Mani Ratnam
出演 : Dulquer Salmaan, Nithya Menen, Prakash Raj, Leela Samson, Ramya Subramaniam, Prabhu Lakshman, Vinodhini, Baby Rakshana, Padam Bhola, Kanika(特別出演), その他
音楽 : A.R. Rahman
撮影 : P.C. Sreeram
編集 : A. Sreekar Prasad
制作 : Mani Ratnam

題名の意味 : おお、愛しのダーリン(OK、ダーリン)
映倫認証 : U/A
タ イ プ : オリジナル
ジャンル : ロマンス
公 開 日 : 4月17日(金)
上映時間 : 2時間18分

《 あらすじ 》
 アーディ(アーディティヤ・ワラダラージャン:Dulquer Salmaan)はコンピューター・ゲームの開発者。彼はムンバイの会社で働くことになり、同地にやって来るが、鉄道駅で目撃したある女性の姿が目に焼き付く。
 アーディは兄の元同僚で退職者のガナパティ(Prakash Raj)の家に間借りする。ガナパティには妻バヴァーニ(Leela Samson)がいるが、著名な古典声楽家だった彼女は今は初期の認知症を患っていた。
 アーディは友達で同僚のアナンニャ(Ramya Subramaniam)の結婚式に参加する。そこで駅で目撃した女性と再会する。彼女はターラー(Nithya Menen)という名で、建築家だった。アーディとターラーは何かと馬が合ったが、わけても「結婚はしない」という点で考えが一致した。
 アーディとターラーの仲は急速に進展し、ずっと一緒にいたいと思うようになる。しかし、結婚は考えない彼らには同棲という選択肢しかなかった。アーディはガナパティにターラーと同居する許可を求めるが、断られる。しかし、バヴァーニがターラーを気に入ったため、二人の同居が認められる。
 それから半年ほど過ぎ、ターラーは建築の勉強のためにフランスのパリへ、アーディはプロジェクトが認められてアメリカで働くことが決まる。結婚を考えない二人は、どちらかがキャリアを諦め、他方に付き従うということではなかったので、ここでお別れとなる。二人は出発までの10日間を悔いのないように楽しもうとするが、そんな時に、、。

   *    *    *    *

◎ テーマ : ★★★★☆
◎ 物 語 : ★★★☆☆
◎ 脚 本 : ★★★☆☆
・マニ・ラトナム監督の昔の作品にあって、最近の作品になかったもの、それは「活き活きとした息吹き」といったものだと思うが、それが本作には満ちていて、非常に良かった。マニさん、まだ枯渇していなかったんだ。

・その息吹きの原因を考えるに、1にドゥルカルとニティヤの弾けるような好演と、それを引き出したマニさん演出力があり、2にドラマをあの手この手で(それこそ千手観音のように)支えたラフマーンの音楽/BGMがある。個々の要素がちぐはぐだったマニ・ラトナム監督の作品が、久々にバランスが取れたようだ。

・しかし、逆に本作の相対的に弱い部分を探すと、ストーリーや脚本はそれほど凄いわけではないので、やはりマニさんの完全復活と言うことはできないようだ。ただし、台詞は非常に良かった。

・本作はマニ・ラトナム監督のラブストーリーの系譜にぴったり連なっている。【Pallavi Anu Pallavi】、【Mouna Ragam】、【Alaipayuthey】(00)から本作へと続く糸を辿って行くと面白いと思う。どれも恋愛/結婚を巡る若いカップルの苦悩/葛藤を描いたものだが、さすがに本作の視点はぐっと今日的になっている。

・それは「結婚という制度に否定的な若い子たち」と「同棲」ということになると思うが、これまでインド映画で同棲を扱う場合、登場人物にやむにやまれぬ事情があるとか、ストーリーを面白くする仕掛けとして使われるとか、何か細工的なものがあったが、本作の場合は自然に、自ら進んで、さして心理的バリアもなく同棲生活に入っている。インドの現状を見れば驚きだが、こういう子たちはまだまだ超少数派だと思う。

・「非結婚」という立場も、ターラーのほうは「考える女の子」で、結婚したくない理由(背景)がはっきりしている。なので、他の説得的な理由があれば、結婚生活を選ぶ可能性は十分にある。分かりにくいのはアーディのほうで、雰囲気的に、結婚(家族)や宗教といった束縛から離れた「フリーダム」をクールな生き方と考えているようである。これは悪く言えば責任感、義務感の棚上げとも考えられ、それで本作はアーディがいかにして責任感に目覚めていくか、というのがテーマとなる。

・そのために登場するのがガナパティとバヴァーニの初老の夫婦だが、この2組のカップルの対比は見事。ただ、それでもどうしてアーディに心境の変化が起きたのかは、分かりにくかった。

・やはりマニ・ラトナム監督らしいと感じたのは、結婚というテーマを描くのに、インドの共同体的な結婚観ではなく、個人の意思のレベルから俯瞰している点だ。本作で結婚はあくまでも「個人的」なイベントと捉えられ、アーディとターラーは結局結婚という選択肢を選んだが、それは彼らの個人的な体験に根差した個人的な決定によるものであり、この二人が結局結婚しないという結論を選んだとしても不思議でないし、そういう映画を作ることも可能だった、、、と思わせてくれる自由度がマニさんらしくて、好きだな。

・ただ、上で「活き活きとした息吹き」と書いたが、マニさんの作品には、【Alaipayuthey】でも【Aaytha Ezhuthu】(04)でも、「僕らはみんな生きている!」みたいなこれ見よがしな「若さ」の強調があって、それが小っ恥ずかしいし、かえってジジくさいものを感じてしまう。

◎ 配 役 : ★★★★★
◎ 演 技
・ドゥルカル・サルマーン(アーディ役) ★★★★☆
 非常に良い。もともとケーララ・スターには珍しく、若さとカッコ良さが自然に溢れ出る俳優だが、芝居もだいたい無難にこなしていた。タミル語のアフレコも今のところ文句は聞いていない。

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・ニティヤ(ターラー役) ★★★★★
 取り憑かれたように役に入っている。どこかのレビューで「Nithya Menon is 2015's answer to Mouna Raagam Revathi」と書いているのは当たっている。【S/O. Satyamurthy】では皮下脂肪のせいで「ぷにぷに」という印象しかなかったが、本作では、体脂肪率が高そうなのは同じだが、その丸みが女っぽく、色っぽく見えるように撮ってもらっている。また、私が今まで見たことのない表情も見られ、彼女も何かと成長したんだなぁと、感慨もひとしおだった。

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・プラカーシュ・ラージ(ガナパティ役) ★★★★☆

・リーラー・サムソン(バヴァーニ役) ★★★★☆
 古典舞踊界の大御所だが、CBFC(Central Board of Film Certification)の理事長も務めていたとは知らなかった。

◎ 音 楽 : ★★★★☆
◎ BGM : ★★★★☆
◎ ダンス : ★★★☆☆
・A・R・ラフマーンの音楽は、革新的という印象はなかったが、やたらカッコ良かった。【Enthiran】(10)以来、久々に音楽CDを買った。

・ダンスは、マニ・ラトナム監督作品にありがちな、前衛舞踊なのか体操なのか分からないような振り付けがなくて、良かった。

◎ 美 術 : ★★★★☆
◎ 衣 装 : ★★★★☆
◎ 撮 影 : ★★★★☆
◎ 編 集 : ★★★★☆
・視覚系の美術、衣装、撮影はすべて良い(美術はちょっと趣味的だったが)。特に撮影は、最初の鉄道駅のシーンから鳥肌ものだった。

◎ その他(覚書)
・アハマダーバードのシーンに出てきたバーラクリシュナ・ドーシーという名の建築家のお爺さんは、実際に有名な建築家B.V. Doshiだった。この方はパドマ・シュリーを戴いているらしいが、マニさんもリーラー・サムソンさんもパドマ・シュリーの受勲者なので、そういう格のある映画だったんだ。

◆ 完成度 : ★★★★☆
◆ 満足度 : ★★★★☆
◆ 必見度 : ★★★★☆

◆ 鑑賞データ
・鑑賞日 : 4月19日(日),公開第1週目
・映画館 : INOX (Jaya Nagar),09:55のショー
・満席率 : 8割
・場内沸き度 : ★★★★☆
 (スターに対する声援というより、各台詞に対するリアクションが良かった。)
・備 考 : 英語字幕付き
 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
見ましたが私の採点は川縁さんよりももっと辛口です。

まず映像的に言って映画としては完全に手抜きです。クローズショットを多用しすぎててフルショットが異常に少ない。役者の全身の動きが見えないのは映画としての快楽を半分以上削っています。場面によっては小津の映画を下手にしたかのようにしか見えません。

それからARRの音楽に頼りすぎ。ストーリーの結節点にすべてソングが使われており、肝心の役者の演技が二次的になってしまっている。だからクライマックスに至るダイナミズムがか弱い。私としては「前衛舞踏か体操のような」ソングをむしろ1曲でも見たかった。

それから、予想どおり主人公の役は未熟なドゥルカルには荷が勝ちすぎていました。ニティヤの好演に引きずられて好い演技してるところもありますが、本人の魅力がほとんど出せていない。もともと長身で手足の長いのが取り柄なのに、全然活かされていません。見ててかわいそうだった。

こちらの得たインサイダー情報では撮影段階ではもっと説明的なシーンや対話を活かせるシーンがあったようなのですが、編集段階で全部切ってしまったらしい。まあ筋が通ってるといえば通ってますが、私としては余り評価できません。マニラトナム衰えたりという印象が拭えません。

とはいえ国際映画祭かなにかで公開すれば日本でもそれなりに評価されるだろうと気はします。
メタ坊
2015/04/25 01:34
コメント、ありがとうございます。
思い当たる点もありますが、賛同できない点もあります。

>まず映像的に言って映画としては完全に手抜きです。
私はそんな印象は受けませんでした。メタ坊さんはどんな方法でご覧になったんですか? おっしゃってることは当たっているかもしれませんが、映画の映像表現については、映画館で見ないことには、効き目が分かりません。

>ストーリーの結節点にすべてソングが使われており、肝心の役者の演技が二次的になってしまっている。だからクライマックスに至るダイナミズムがか弱い。
なるほどと思いました。
しかし、この作品に「体操」のようなダンスが見たかったという意見は共感できません。

>もともと長身で手足の長いのが取り柄なのに、全然活かされていません。
理解できません。なんでドゥルカルを使ったか/使わなければならなかったかは知りませんが、本作は俳優の四肢が問題となる作品ではありません。手足が短い俳優でもできるものです。ならドゥルカルを使う必要はなかったと思われるかもしれませんが、残念ながら今の南インドに単純に若さを表現できる俳優って、他にいないじゃないですか。

>編集段階で全部切ってしまったらしい。
言わんとすることは分かりますが、撮影したシーン/カットを編集で切るなんてことはほぼすべての映画作品であるじゃないですか。で、一般鑑賞者はその完成品を見て評価するしかないです。インサイダー情報を基に、ありもしない可能的作品から現実の作品にコメントするというのは、少なくとも私にはできません。
 
カーヴェリ
2015/04/25 11:37

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