【Ayalum Njanum Thammil】 (Malayalam)

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 ラール・ジョースが私の好きなインド映画監督の一人であることはこのブログでも再三述べてきたことだが、前作【Diamond Necklace】の余韻がまだ残る中、早くも新作の公開とはうれしい限りだ。
 「ラール・ジョースが好き」ということのうちには、「彼の作品に出てくる女優が好き」という意味合いが強いのだが、本作にクレジットされているのはリーマ・カッリンガル、サンヴリタ・スニール、ラミャ・ナンビーサンと、特に新鮮な顔ぶれはない。その点では期待度がやや低いのであるが、しかし、【Neelathaamara】(09)のアマラ・ポールのように、どんな隠し玉が飛び出すかも分からないので、たとえ2秒しか映らないエキストラであっても、見逃さないよう集中したい。
 主演はプリトヴィラージ。ラール・ジョース監督作品にはたぶん【Classmates】(06)以来の2度目の出演になると思う。
 題名の「Ayalum Njanum Thammil」は「あの人と私の間」という意味らしい。

【Ayalum Njanum Thammil】 (2012 : Malayalam)
脚本 : Bobby & Sanjay
監督 : Lal Jose
出演 : Prithviraj, Prathap Pothan, Rima Kallingal, Remya Nambeesan, Samvrutha Sunil, Narain, Kalabhavan Mani, Salim Kumar, Anil Murali, Swasika, Prem Prakash, Ambika Mohan
音楽 : Ouseppachan
撮影 : Jomon T. John
編集 : Ranjan Abraham
制作 : Prem Prakash

《あらすじ》
 胸部外科医のラヴィ・タラカン(Prithviraj)はある深夜に急患の少女を迎える。その子は早急に手術を施す必要があったが、父親は同意しない。状況に迫られてラヴィは手術を行う。だが、その途中で少女は死亡してしまう。少女の父は騒ぎ出し、医療ミスに抗議する市民が病院に押し寄せ、暴徒化する。ラヴィは同僚らに勧められて車で病院から脱出するが、途中で事故に遭う。その時からラヴィの行方は分からなくなる。
 翌朝、病院に詰め掛けたマスコミ陣もラヴィ・タラカンの医療ミスを報道する。病院の理事長付き秘書で、ラヴィの友人であるディヤー(Rima Kallingal)は、ラヴィの医学生時代のクラスメートであるヴィヴェーク(Narain)とスープリヤ(Remya Nambeesan)に話を聞く。彼らの口からラヴィの人物像が浮かび上がる。
 ・・・
 医学生時代のラヴィは責任感の乏しい、気楽な男だった。学業よりは恋人サイヌ(Samvrutha Sunil)や友人ヴィヴェークらと楽しくやることを優先し、試験はカンニングでごまかしていた。何とか大学を修了したラヴィは、インターンとしてムンナールの小村の病院に赴任することになる。
 この病院の院長サムエル(Prathap Pothan)は人望のある医師だった。ラヴィはサムエル医師に対してもいい加減な態度を取っていたが、次第に老師の人格に惹かれ始める。また、遅れて赴任してきた女医スープリヤからも啓発される。
 そんなある日、ラヴィは恋人サイヌに望まぬ縁談が持ち上がっていることを知らされる。ヴィヴェークら友人はラヴィとサイヌを結婚させようと画策する。ラヴィはサムエル医師から許可をもらい、サイヌらとの集合場所へ車で急行する。しかし、途中で警官のプルショータマン(Kalabhavan Mani)に停められてしまい、約束の時間に到着できず、そのままサイヌは父に連れて行かれ、結婚させられる。
 ラヴィは絶望の淵に落ちる。そんな時に、入院していたある少女の容態が悪化する。それは警官プルショータマンの娘だったため、ラヴィは私怨から診療を拒否する。ここは往診から戻ったサムエルが治療に当たり、事なきを得るが、ラヴィはサムエルより強く叱責される。また、この診療拒否が問題となり、ラヴィは村人の袋叩きに遭い、裁判となる。しかし、サムエルがラヴィに有利な証言をしたため、彼は救われる、、、。
 ・・・
 行方知れずとなっていたラヴィはムンナールの病院を再訪していた。彼はサムエル医師の息子や老看護師に再会するが、サムエル自身はすでに他界していた。ラヴィは老師の墓を詣でる。だが、そこへ警察がやって来る。
 窮地に陥るラヴィであるが、ここに新たな事実が明らかとなる、、、。

   *    *    *    *

 間違いなく良い映画。
 どんちゃんした娯楽映画よりは、「意味のある映画」、「心に残る映画」、「考えさせられる映画」を評価する傾向にある日本のインド映画ファンにはアピールするに違いない。「医療と倫理」というテーマも、「ラーヤラシーマにおけるファクショニズムの問題」よりは日本人に理解されやすいだろう。私も心地よく鑑賞したし、ところどころ泣ける場面もあった。しかし、面白さという点では、私がこれまで観たラール・ジョース監督作品の中では下のほうだと思う。テーマ的に渋すぎるし、倫理的に、全然説教くさくはないのだが、高潔すぎるように思えた。もっとも、これは本作の欠点ではない。現に、ケーララの衆は本作を受け入れ、ヒットとなっている。(こういう地味な人道映画がヒットするとは、やはりケーララはインドではないと見るべきか。)

 上のあらすじでは簡略化して書いたが、実際の物語は現在と回想シーン(ラヴィの過去)が細かく行ったり来たりする構成となっている。しかし、ストーリーそのものはシンプルで、時系列的には、無責任な医学生だったラヴィがサムエル医師に出会って成長し、一人前の医師になってからさらに困難な問題に直面する、というもの。
 映画開始15分の時点では、これは「インフォームド・コンセント」を主題にした作品かなと予想し、ラール・ジョース監督がこんな個別問題をどう処理するのか興味を駆られたが、特にそんなことではなく、映画の主題はあくまでも「人としての成長」ということだった。これは前作【Diamond Necklace】ともかぶる(なぜか主人公の職業も医者で同じ)。「若者の成長」をテーマに置くインド映画は多いが、本作はその成長の過程がひと際丁寧に説得的に描かれていて、非常に良かった。

 ただし、ここが私の失望点でもある。本作の立ち上がりシーン、つまり、ラヴィが手術に失敗して少女を死なせ、暴徒を逃れて病院を脱出するシーンを見た後、私は本作の展開を「人格的にも成熟した医師が、利用できる最高の技術を用い、最善の判断の下に行った医療行為であっても、最悪の事態(患者の死)は起こり得る。医療というのはそういうものであり、その事実に医師はどう向き合うのか、また、医療を受ける立場の者はどう考えていくべきか」という問いを軸に展開すると読んでいた。これに対する回答如何では、本作は非常に深みのある人間ドラマになったはずだが、ラール・ジョース監督の関心はそんな点にはなかったようで、割と常識的な「成長譚」に着地させているのが残念だった。窮地に陥ったはずのラヴィがあっさり救われるクライマックスも拍子抜けだった。
 もっとも、これはあくまでも私の勝手な期待に基づく評価であり、本作が失敗作だと言いたいわけではない。

◆ 演技者たち
 気が付けば「ボリウッド俳優」になっていたプリトヴィラージだが、本作の演技は十分評価できる。近ごろは大衆向けの「ヒーロー」をやることの多いプリトヴィくんだが、資質的にはやはり性格俳優と言うべきで、本作のラヴィのようなアンチ・ヒーローには打って付けだった。

 もう一人の主役と言うべきサムエル医師役はプラタープ・ポータン(カタカナ表記は当てずっぽう)。これまで脇役で出演している作品をいくつか観たが、強く記憶に残っているものはない。しかし、本作ではかなり高尚な芝居をしていて、感服した。

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 本作がいまいち面白みに欠けると思った理由は、ラール・ジョース監督にしては女優の使い方が消極的だったことだ。ドラマはもっぱらラヴィとサムエルを中心に進み、3枚並んだ女優もさほど重要な役ではなかった。しかも、せっかく病院を舞台とした映画なのに、彼女らに白衣らしい白衣を着せなかったのは罪と言うべきだろう。「隠し玉」もなかった。
 まず、リーマ・カッリンガルだが、病院の秘書という役柄はOK。彼女はデビュー当初はお色気先行女優だとも思えたが、芝居勘が良いようで、著名監督にも気に入られ、けっこう良い仕事を続けている。先日DVDで【22 Female Kottayam】(12)を観たのだが、そこでのショッキングなパフォーマンスに「行けるぞ、ケーララのプリヤンカ・チョープラ」と思った。それに比べると、本作のディヤーは全然物足りない。

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 サイヌ役のサンヴリタ・スニールは、ストーリーが動くきっかけとして使われ、きれいに撮ってもらってもいるのだが、とても彼女の能力が活かされる役ではなかった。
 ところで、サムちゃんといえば、実生活ではつい先日(11月1日)結婚式を挙げたばかりで、おめでとうございます、、、と言いたいところだったが、相手がアメリカ在住のコンピューター・エンジニアだと知って、「けっ!」と思った。きっと子供のころからコンパスで円を描くのが趣味のネクラな奴なのだろう(なんのこっちゃ)。

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 そのサムちゃんより印象度が高かったのは、女医スープリヤ役のラミャ・ナンビーサンだ。そんなに好きなタイプの女優ではないが、私が観た作品ではなかなか好い感じ。

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 無駄遣いといえば、ヴィヴェーク役のナレンもそうだった。もちろん悪くはないのだが、プリトヴィと一緒にやったカレッジ時代の「ヤング」なパフォーマンスは恥ずかしかった(下)。ラール・ジョース監督も【Classmates】からは6年も経っているということを認識すべきだったろう。

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 カラーバワン・マニも彼の力量に見合った役ではなかったが、作品に苦みを加えるという点では効果的だった。

◆ 音楽・撮影・その他
 アウセーパッチャンの音楽は良かった。ただし、上にも書いたとおり、ラヴィとヴィヴェークのカレッジ時代の「ヤング」な音楽シーンはいただけなかった。
 BGMは不必要に入れすぎている感じで、ストーリー展開と雰囲気作りが合っていない部分もあった。
 
 撮影と編集は文句なし。
 回想シーンの舞台を霧深いムンナールの診療所にしたのは大正解だった。

◆ 結語
 個人的にはやや物足りないものを感じるが、ラール・ジョース監督作品らしい良い映画なので、プリトヴィラージにアレルギーがない限り、お勧めしたい。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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