カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Devaru Kotta Thangi】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2009/11/30 01:59   >>

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 先日、「裏ラージ家」のウィノード・ラージが主演する【Yaaradu】を紹介したが、今回は「表ラージ家」、しかもお兄ちゃん(シヴァラージクマル)の登場だ。
 シヴァラージクマルの映画を観るのも久し振りで、去年4月の【Sathya in Love】以来になる。もっとも、その間も彼の作品そのものは複数公開されていたのだが、パッとしたものがなく、どうにも食指が動かなかった。弟のプニートがサンダルウッドのトップ・スターとして快進撃を続ける中、お兄ちゃんにも頑張ってもらいたいところだ。
 と、弟と比べて分の悪い兄、みたいな書き方をしてしまったが、事情はそういうことでもないかもしれず、私の観察では、このラージクマル兄弟の間でどうも役割分担みたいなことが行われているとも思われるのである。つまり、90年代に一時代を築いた兄としては、今やトレンド映画はプニートに任せ、自分は地方の庶民層をターゲットにした守旧的映画のアイコンを引き受け、併せてカルナータカ州の寒村僻地に至るまでラージクマル・ブランドの浸透・維持を図ろうとしているのではあるまいか? そう思ってしまうほど、お兄ちゃんには田舎を舞台とした地味な家族映画が多いのである。
 お兄ちゃんの前作、【Bhagyada Balegara】もそんな田舎家族映画で、これはナヴィヤ・ナーイルがヒロインということもあって、ぜひ観たかったのだが、結局は観損なった。監督したのはオーム・サイプラカシュで、今回紹介する【Devaru Kotta Thangi】と同じ。シヴァラージクマルにとっては2作続けて同じ監督の作品となったが、実は、この2人のコンビ作品は多い。
 サイプラカシュは、地方の民話や伝承を取り入れた家族映画や神様映画を専らとするベテラン監督で、このブログでは【Navashakthi Vaibhava】(08)を紹介した。もちろん、この【Devaru Kotta Thangi】も田舎物で、ヒロインを務めるミーラ・ジャスミンとモニカにも注目したい。(タイトルは「神様がくれた妹」という意味。)

【Devaru Kotta Thangi】 (2009 : Kannada)
物語・脚本・監督 : Om Saiprakash
出演 : Shivarajkumar, Meera Jasmine, Monica, Avinash, Sumithra, Hema Chaudhary, Rekha, Sangeetha, Sadhu Kokila, Lakshmi Devi, Ramesh Bhat, Suraj, Ramesh Pandit
音楽 : Hamsalekha
撮影 : R. Giri
制作 : Om Saiprakash

《あらすじ》
 シヴ(Shivarajkumar)とラクシュミ(Meera Jasmine)は孤児の兄妹。二人は強い愛情で結ばれ、貧しいながら、互いに助け合って暮らしていた。
 シヴは村の大地主、ウィーラバドラゴゥダ(Avinash)の屋敷で使用人をしていた。この屋敷にはウィーラバドラゴゥダの妹や息子たち、及びその配偶者など、総勢9人が生活していた。シヴは献身的な性格で、雨季に村の川が氾濫しそうになったとき、身を挺して防ぐほどだった。ウィーラバドラゴゥダとその妻(Sumithra)はそんなシヴを非常に可愛がっていた。
 村の娘、ガウリ(Monica)はシヴを愛していた。シヴも満更ではなかったが、妹ラクシュミの結婚が先決だと考えていた。彼はユガディ祭のときにお寺に願掛けに行く。
 ラクシュミはウィーラバドラゴゥダの三男、シェーカル(Suraj)が事故で倒れているのを見つけ、病院に運び、自分の血を輸血する。おかげでシェーカルの命は助かるが、ウィーラバドラゴゥダの嫁たちは、使用人の妹の血が使われたことに不快感を露わにする。
 ウィーラバドラゴゥダに恨みを抱く悪漢たちが、悪巧みをして、ラクシュミとシェーカルを一晩、寺院の中に閉じ込める。これは村で大騒ぎとなり、ラクシュミは責められる。しかし、ラクシュミを愛するようになっていたシェーカルは、彼女の首にマンガラスートラを結ぶ。ウィーラバドラゴゥダとその妻はこの結婚を歓迎するが、家族の他の6人は嫌悪感を抱く。
 また、ある出来事を機に、シヴもガウリと結婚する。
 嫁として屋敷に入ったラクシュミだが、6人組からあの手この手のいじめに遭う。そして、問題がエスカレートした結果、シヴは屋敷を去る羽目になる。
 そんなある日、ラクシュミは妊娠する。シヴは喜ぶ反面、ラクシュミを生んだ直後に死んだ母のことを思い出し、不吉な予感を感じる。
 妊娠したラクシュミに対して、6人組のいじめはさらに本格化する。この屋敷に出入りしていた僧侶(Ramesh Bhat)が、娘の病気のことでお金に困っていた。それを知った6人組は、僧侶を買収し、ラクシュミに対して、子供が生まれると、それと引き換えにシヴが死ぬ運命にある、と言わせる。ラクシュミは子供を生むことに罪悪感を感じるようになる。一方、シヴは、妹の安産祈願のため寺院にこもり、苦行をする。
 やがて再び雨季がやって来、大雨で川が氾濫しかける。6人組は巫女を買収し、洪水を防ぐためには生贄が必要だとの託宣を立てさせる。それを聞いたラクシュミは、兄の命と村を救うために、人身御供となる決意をする。
 6人組は洪水を恐れて、車で村を脱出しようとする。しかし、すでに橋は流され、立ち往生しているうちに、洪水に襲われ、車ごと流される。その危機をシヴが見かけ、助けようとする。しかしその裏で、ラクシュミがまさに川に身を投げんとするところだった、、、。

   *    *    *    *

 エゴイズムの時代とも言われる現代において、自己犠牲、献身の美徳を説く本作は、あえて言わせてもらうなら、「美しい」。
 村人の素朴な信仰心というのは、それ自体は善きものだが、それを悪用しようとする邪まな企みに対しては無防備なこともあり、ラクシュミ(Meera Jasmine)の信心は迷信の中に堕ちてしまう。しかし、それを救い、邪悪な心を正すのがシヴ(Shivarajkumar)の無私の善心だ。こういう絶対的な正義漢というのは近代的自我として捉えられた人間像ではあり得ず、叙事詩や民話の中にのみ現れる英雄像に近い。こういう人物像が未だにくっきり描かれるというのもインド映画の面白さの一つだろう。(それにしても、こういう大馬鹿とも言える善人をやらせたら、シヴァラージクマルは上手いなぁ。)

 作品の出来としては、私はまずまずだと思っている。
 確かに、シヴとラクシュミの兄妹愛の強さはねちゃねちゃしすぎていたし、意地悪6人組の嫌味な演技はお決まりなもので、持て余すところもあった。
 その反面、‘Nagara Panchami祭’や‘Bheemana Amavasye祭’などのヒンドゥー教のお祭りがストーリーの中に挿入されていて、いい勉強になったとまでは言わないが、興味深かいものがあった。また、クライマックスの洪水のシーンはちょっとしたパニック映画のノリで、地味な作品ながら、何かと楽しめた。

 しかし、日本人の私には面白く観られても、現地人の反応はかなり鈍い。
 作品のテーマやフォーミュラが古めかしすぎるせいもあるだろうが、どうも問題はサイプラカシュ監督があまりにも似たり寄ったりの映画を作りすぎていることにあるようだ。彼は「妹フェチ」とも言える傾向があるのか、【Thavarige Baa Thangi】(02)、【Anna Thangi】(05)、【Thavarina Siri】(06)と、兄と妹の愛情を主題に据えた作品を連発している(たぶん、他にまだあるだろう)。しかも全部シヴァラージクマルの主演で、こうなると現地人としては、「またかぁ〜」となるのも当然だろう。
 そんな次第で、現地人にはまったく新鮮味のないサイプラカシュ作品でも、インド文化に関心のある外国人には下手なアクション映画を観るよりよっぽど意義があるとも思われ、私などはもう少し観てみたい気もする。しかし、サイプラカシュ監督作品のメッセージというのは、それを観たがらない人にこそ向けられている性質のものなので、もっと観客が戻って来るような攻め手が必要なのではないだろうか。

 なお、物語全体はオリジナルだが、挿入エピソードの元ネタとして、童話の‘The Little Dutch Boy’とカンナダ映画の【Bhootayyana Maga Ayyu】(74:Siddalingaiah監督、Vishnuvardhan主演)、それにO.ヘンリーの‘The Gift of the Magi’(邦題:賢者の贈り物)が指摘されている。本作をテルグ映画【Gorintaku】(08)のリメイクだと記述しているレビューもあるが、まったくの誤解で、実は【Gorintaku】自体がサイプラカシュ監督の【Anna Thangi】のリメイクである。

◆ パフォーマンス面
 上で触れたとおり、シヴァラージクマルは滲み出るように「善き田舎人」を演じている。亡父のラージクマルは「理想のカンナダ男」を体現していたと言われるが、シヴァラージクマルもその線で行くのだろう。ただ、この「理想」は「古き良き時代の理想」とも呼べるもので、こういう男がこの時代にバンガロールの企業で働いたらなら、大変なことになるだろうなぁ、という心配はある。(田舎者が都会に出て騒動を惹き起こすというのは、インド映画が好む題材ではあるが。)
 (写真下:ユガディ祭でお金持ちの牛に願を掛ける貧乏なシヴァラージクマル。)

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 ミーラ・ジャスミンも、彼女の持ち味どおり、田舎娘の役をやすやすと演じている。ダンスもそれなりに頑張っていて、良かったのでは。
 モニカはセカンド・ヒロインということだが、制約の多いミーラ・ジャスミンの役柄に対して、自由に動ける立場で、映画全体のいいアクセントになっていた。
 ところで、前作ではナヴィヤ・ナーイル、本作ではミーラ・ジャスミンにモニカと、サイプラカシュ監督は続けてケーララ娘を起用しているが、これは意図してのことだろうか?
 (下:左よりShivarajkumar、Meera Jasmine、Monica。)

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◆ テクニカル面
 ハムサレーカの音楽と音楽シーンは、典型的な田舎作品の仕様で、良い。
 実際のロケ地、または物語の舞台として設定されている村の名前が分かれば、もっと具体的なイメージが沸くのだが、それは掴めなかった。(ラマナハッリと言っていたような気がするが、ラマナハッリという地名はいくつかあるので、特定できない。)

◆ 結語
 グラフィックスを使った洪水シーンはサイプラカシュ監督作品としては新機軸だと思うが、肝心のドラマのほうは、渋くアートフィルムのほうに傾けるか、いっそ陽気なコメディー仕立てにするかしたほうが、作品の刺激度という点ではよかっただろう。何であれ、たまにはこんな映画を観るのもいいと思うが、民族文化からインドを捉えたい人以外は、あまり用のない作品のようだ。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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