カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Parole】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2010/04/21 21:35   >>

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 このブログは、紹介した作品の半数近くをカンナダ映画が占め、日本語で読めるインド映画鑑賞記としては珍しいものとなっている。それで、カルナータカ州在住の者として、できる限りカンナダ映画の面白さをお伝えしたいと思っているのだが、不幸なことに、実態は「カンナダ映画ぼや記」になっている。
 外国の、まして地方映画の面白さを理解するのは簡単なことではないようで、私もまだまだ捉え切れていないせいもあると思うのだが、それにしても、カンナダ映画自体が迷走している感は否めず、安易なリメイク作品や、アイデアは面白いが中途半端な出来の作品が連発していては、いい加減うんざりする。できることなら、このカンナダ番を誰かに代わってもらいたいのだが、そんな奇特な人は現れそうにない。こういう損な役目を担うことになった私というのは、たぶん前世でよっぽど悪いことをしたに違いなく、その報いが今来ているのだろう。従って、その贖罪のためにも、カンナダ映画鑑賞という苦行をもうしばらく続けて行こうと思う。読者の皆さまも辛抱強くお付き合いいただければ幸いである。(と、嘆きはしたが、歴史上、カンナダ映画にも黄金期があり、現在も秀作が作られていないわけではない、ということを付け加えておく。)

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 さて、この【Parole】もちょっとした期待作だった。
 話題としては、南インド映画界の著名なフィルム編集者で、国家映画賞を受賞したこともあるスレーシュ・アルスが初めて映画をプロデュースしたということだが、これは特に関心を惹くことではないだろう。
 ただ、プローモーションには力が入っており、事前に公開された音楽シーンのビデオクリップもユニークなもので、歌はすでにヒットしていた。
 題名の「Parole」はカンナダ語ではなく、「仮釈放」という意味の英語。

【Parole】 (2010 : Kannada)
物語・脚本・監督 : Shekhar
出演 : Kishor, B. Suresh, Sooraj, Supreetha, Pradeep, Vishwas, Likith Shetty, Sharath, Rani, Nagaraja Murthy, Suchendra Prasad, Ananya Kasarvalli
音楽 : Balaji K. Mithran
撮影 : Gundlupet Suresh
編集 : Suresh Urs
制作 : Suresh Urs

《あらすじ》
 ラージ(Pradeep)、ジョニー(Sharath)、ゴーピ(Likith Shetty)、シャーラット(Vishwas)の4人は学生時代からの仲間。ラージは有力政治家の息子で、アヌシャ(Rani)という女性との結婚が決まっていた。シャーラットも婚約が決まったということで、4人は久々に会ってパーティーをする。しかし、その帰りに、ジョニーは何者かに殺される。また、その数日後にゴーピも殺害される。
 捜査に当たった警部(Kishor)は、これを連続殺人事件と見、さらに被害がラージとシャーラットにも及ぶ可能性を考え、2人に警戒を呼びかける。しかし、その甲斐もなく、シャーラットも殺されてしまう。
 いくつかの物的証拠や証言から、捜査線上にシャンタ・ムルティ(B. Suresh)という初老の男が浮かぶ。警部は、ラージの父の政治集会の機会を利用し、殺人犯逮捕の罠を張る。はたしてその集会場にシャンタ・ムルティが現れ、ラージの命を狙おうとするが、逮捕される。実は、彼は2人の息子をこの4人組に殺されており、復讐のために犯行を働いていたのであった。
 服役中のシャンタ・ムルティの所に精神科医(Ananya Kasarvalli)が訪れ、犯行に至った動機などを聞き取る。
 ・・・
 シャンタ・ムルティは早くに妻と死別し、2人の息子、ラーフル(Sooraj)、ガネーシャと3人暮らしだった。生活は貧しく、医学生のラーフルが希望の星だった。
 ラーフルにはニキタ(Supreetha)という恋人がいたが、友人のジョニーも彼女に惚れていた。ある晩、ジョニー、ラージ、ゴーピ、シャーラットの4人は、酒に酔った勢いで、デート中のラーフルとニキタを襲撃し、ラーフルを殺してしまう。ラーフルの父と弟の証言により、4人組は有罪判決を受け、投獄される。
 だが、獄中で4人はシャンタ・ムルティらに対する恨みを募らせる。
 ラージの政治家の父らの働きかけで、4人は仮釈放される。4人組は早速、ラーフルの弟、ガネーシャを殺す。この時は目撃者がいなかったため、4人の罪は問われなかった。シャンタ・ムルティは憤り、2人の息子の敵を討つことにしたのであった。
 ・・・
 やがて、ラージとアヌシャの結婚式の日となる。だが、ちょうどその頃、シャンタ・ムルティも仮釈放の処分を受けていた。彼はラージの結婚式場に姿を現す。それを見てラージは怯えるが、意外なことにシャンタ・ムルティはラージを赦し、祝福する。実は、精神科医とアヌシャが仮釈放の前にシャンタ・ムルティに会い、ラージに危害を加えぬよう懇願していたのである。安堵するラージであるが、ちょうどその時、殺されたラーフルの恋人、ニキタが現れ、ラージを射殺する。

   *    *    *    *

 公開されていたスチール写真などから、鑑賞前は青春映画かな、と予想したが、典型的なサスペンス物だった。最近、前宣伝と内容が大きく違っている映画が多くて困る。

 先に評価を言ってしまうと、失敗作ということになるだろう。
 風変わりな作品で、どう変わっているかと言うと、「主役」と呼べる登場人物がいないのである。核となる登場人物たちを中心に物語が動くタイプではなく、出来事本位のドラマで、こういう形式の場合、脚本の出来が鍵を握るのだが、それが甘かったようだ。

 内容的には、シェーカル監督の意図はおそらく、飲酒や色恋沙汰が原因で非行化してしまう若者に対する警告ということだろうし、もしかしたら「仮釈放」という制度の危うさを指摘する狙いもあったかもしれない。
 監督は本作のストーリーを書くに当たって、実際に起きた犯罪の記事に多数目を通し、また、仮釈放された犯罪者たちにもインタビューしたりしたそうだ。映画を見る限り、単一の事件を直接映画化したというより、いくつかの出来事を参照に物語を組み立てたようだ。事実に即して映画を作るという姿勢は評価できるが、映画作品として煮詰まらなかったところが本作の問題だろう。

 その原因は、やっぱり経験不足だと思う。
 シェーカル監督は2007年に【Amrutha Vani】という作品でデビューした人で、本作が2作目。まだ30代前半のお若い方だ。
 監督だけでなく、演技陣やスタッフ(音楽や撮影監督)にも経験豊かなエース級はいない。予算の都合か、または、新鮮さを出すためにあえてカンナダ映画界の中心的人材を使わないようにしたのか、とにかく、野球に例えるなら、8番バッターだけで打線を組んだようなもので、まぐれ当たりもなく、それ相応の結果しか出て来なかったようだ。

 そして、致命的な欠陥、と私に思えるのは、クライマックスだ。
 こういう犯罪物・復讐物の場合、悪を犯した者を赦すか、または、「目には目を」で厳粛に罰するかが分かれ目になると思う。それは作品の内容や作者の主義に応じて決まるもので、どちらが正しいというわけではないが、1つの作品ではどちらか1つに絞るべきだろ。
 しかし本作の場合、シャンタ・ムルティはラージを赦しており、ここで一旦は映画作品としての主張が成立しているのに、突然ニキタが現れ、ラージを撃ち殺すのである。
 このクライマックスはヒネリとして監督がこだわったものかもしれないが、じゃあ、その前の「赦しの美徳」は何だったんだと、結局、何が言いたいのか分からなかった。たぶん、観客のほとんども、このエンディングに衝撃を受けたというより、混乱してしまっただけだろうと思う。

◆ 演技者たち
 とにかく主役がいないので、誰から書いたらいいか迷うのだが、、、
 殺され役の4人組はPradeep、Vishwas、Likith Shetty、Sharath。うち、PradeepとVishwasは【Jolly Days】(09)でデビューした経験者だが、他の2人はおそらく新人。ちなみに、Likith Shettyはカンナダ語テレビチャンネルのビデオ・ジョッキーとしてお馴染みの顔だ。
 ラージ(Pradeep)の婚約者、アヌシャの役はRaniという女優。詳細不明。
 (写真トップ:男は左よりSharath、Pradeep、Vishwas、Likith Shetty。女はRani。)

 やはり殺されたラーフルの役はSoorajという人。詳細不明。おそらく新人。ハンサムだが、ちょっと雰囲気が暗かった。
 その恋人ニキタの役は【Ambaari】(09)でデビューしたSupreetha。彼女は可愛いのだが、演技もダンスもてんで不器用で、私は密かに「カンナダの昭和アイドル」と呼んでいる。
 (写真下:SoorajとSupreetha。)

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 嘆きの父親、シャンタ・ムルティの役はB. Suresh。良い役のはずだが、イマイチの演技だった。

 演技陣で唯一評価できるのは、警部役のキショールだ。アマチュアの中に一人プロが混ざっているという感じだった。
 この人は以前から朝鮮人参を唐辛子漬けにしたような辛さ、苦さの持ち主だったが、タミル映画に出演し始めてから演技力も向上し、犯罪物には欠かせぬ脇役俳優となっているようだ。

 ついでに書いておくと、精神科医の役で出ていたAnanya Kasarvalliという人は、カンナダ芸術映画の雄、Girish Kasaravalliのお嬢さん。過去には【Nayi Neralu】(06)という作品にも出演している。(本業は何か知らない。)
 いや、それがどうした、というわけでもないのだが、彼女の堂々たる風貌を見ると、ひと言記しておきたくなった。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽シーンは、歌、イメージ(美術)、振り付けのそれぞれにおいて足りないものを感じるが、コンセプトは面白く、ストーリーの展開ともよく合っている。

 物語の舞台は主にバンガロールだが、劇中で言及された地区名と撮影地がほぼ一致するという、リアルなものだった。ついでに、私の家の近くも登場し、ちょっとうれしかった。

◆ 結語
 【Parole】は、従来のカンナダ映画の常套手段からあえて外れようとした野心作だが、各部門での未熟さが災いした残念作だ。ただ、シェーカル監督の意図には理解できる部分もあるので、次回作での飛躍に期待したい。

・満足度 : 2.0 / 5
 

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