カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Boss Engira Baskaran】 (Tamil)

<<   作成日時 : 2010/09/28 01:14   >>

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 私はタミル映画の最近の傾向として、ネオ・リアリズムとも呼ぶべき「田舎映画」のことを集中して報告してきたが、それと並行して、明らかに10代20代の若者をターゲットとした軽妙なラブコメ(多くは都市を舞台とした)も1つのトレンドを作っており、例えば去年は【Siva Manasula Sakthi】【Thiru Thiru Thuru Thuru】などがヒットした。
 両者の流れに共通した特徴は「リアルさ」であり、背景にはやはり伝統的な(20世紀的な)タミル映画の表現スタイルへの挑戦がある。この傾向は今年に入ってさらに過激化し、【Thamizh Padam】のような、リアルさから逸脱したスプーフ(パロディー)映画(Spoof Film)と称される作品まで登場した。その直後に公開された【Kacheri Arambam】もそんなニュアンスがあり、思い返せば、ウェンカット・プラブ監督の【Chennai 600028】(07)、【Saroja】(08)、【Goa】(10)もスプーフと言え、私が田舎映画として紹介した【Pasanga】(09)もスプーフ的特徴を持っている。
 こうした一連の動き(特にスプーフ映画のような)は、インド映画の表現スタイルの貧困化をもたらし、映画産業そのものを衰退させるのでは、と危惧されるかもしれないが、ハリウッドやボリウッドといった強敵(この2者を過小視してはいけない)を前にして、また、映画というメディアと映画スターが一段と世俗化した時代にあって、タミル映画が自己認識し、一段と強力な構造体を創り出すための試行錯誤だと私は考え、特に否定視はしていない。単純に言って、面白くなければヒットしないだろうし、ヒットしているということはタミル人がそれを受け入れているということであり、彼らがそれを受け入れるなら、基本的に部外者である外国人鑑賞者がとやかく言う筋のことでもないのである。
 さて、この【Boss Engira Baskaran】(「ボスこと、バスカラン」)であるが、監督は上で言及した【Siva Manasula Sakthi】と同じM. Rajeshで、彼の2作目に当たる。【Siva Manasula Sakthi】はスプーフ映画ではないが、「愛した者負け」を原理にしたかなり変則的なラブストーリーで、意外なスリーパーヒットとなった。この【Boss Engira Baskaran】もスーパーヒットとなっており、一説によると、シャンカル監督・ラジニカント主演の超話題作【Enthiran】の公開が1週間繰り下げになったのも、本作の好調が一因にあるのでは、とさえ言われている(それはないと思うが)。

【Boss Engira Baskaran】 (2010 : Tamil)
物語・脚本・監督 : M. Rajesh
出演 : Arya, Nayantara, Santhanam, Subbu Panchu, Vijayalakshmi, Chitra Lakshmanan, Lakshmi Ramakrishnan, Monisha, Rajendran, Ashwin Raja, Shakeela(特別出演), Jeeva(特別出演)
音楽 : Yuvan Shankar Raja
撮影 : Sakthi Saravanan
編集 : Vivek Harshan
制作 : K.S. Srinivasan

《あらすじ》
 クンバコーナムに暮らすバスカラン(Arya)は、友人たちから「ボス」と呼ばれるほど気の好い男だったが、大学の修了試験にもまだ合格しておらず、無為徒食の日々を送っていた。彼には母(Lakshmi Ramakrishnan)と妹(Monisha)、それに獣医をしている謹厳な兄サラヴァナン(Subbu Panchu)がいた。また、床屋のナーラタンビ(Santhanam)が頼れる友人であった。
 バスカランは5回目の英語の追試を受けることになり、しっかりカンニングペーパーも用意する。試験の当日、彼はバス停でチャンドリカ(Nayantara)というきれいな女性に出会い、彼女の気を引くためにカンペを使って試験を受ける計画を話す。ところが、その試験の監督官は他ならぬチャンドリカだった。結局バスカランは試験を受けずに帰ることになる。
 兄のサラヴァナンはナンディニ(Vijayalakshmi)という女性と結婚したがっていた。バスカランと母はナンディニの家に行き、彼女の父シャンムガスンダラム(Chitra Lakshmanan)と会って話し、縁談をまとめる。ところが、その家にチャンドリカがやって来、バスカランは驚く。実はチャンドリカはナンディニの妹だったのである。
 サラヴァナンとナンディニの結婚式は無事に終わる。バスカランはチャンドリカや妹らと新婚初夜の部屋の飾り付けをやる。ところが、彼はうっかりその部屋の鍵を持ったままナーラタンビと呑みに行ってしまう。おかげで新婚夫婦の初夜はおじゃんになり、真夜中に帰って来たバスカランは親族一同から総顰蹙を買う。
 チャンドリカに惚れていたバスカランはとうとう彼女に告白し、結婚の申し込みをする。実は、チャンドリカもバスカランのことがまんざらではなかったが、彼女はまず姉の許可をもらうようにと条件付ける。バスカランは早速ナンディニに話すが、彼女は無職で無収入の男を父に推薦できないと言う。家族にも馬鹿にされたバスカランは、半年以内に仕事とお金を得、妹の結婚式さえ執り行うと見得を切って、家を飛び出す。
 バスカランはラジニカントの映画「Annamalai」に勇気付けられ、ビジネスを始める決意をする。そして、自分と同じように試験に合格できないバカ者がごろごろいることに気付き、ナーラタンビと一緒に予備校を始めることにする。彼らは資金調達のために金貸し業のウェールパンディ(Rajendran)に会いに行く。ウェールパンディは金を出すことを了承するが、自分のバカ息子のパールパンディ(Ashwin Raja)も合格させるよう、交換条件を出す。
 もとよりできの悪い生徒が集まり、予備校は立ち上げ当初、講師の件で難航する。ところが、アンナプールニという盲目の女性講師を雇った時点から事態が好転する。生徒たちは真面目に勉強し始め、なんとパールパンディまでもが試験に合格してしまう。
 仕事と金を手に入れたバスカランは約束どおり妹の結婚式を執り行う。その会場でナンディニは、父にチャンドリカとバスカランを結婚させるよう提案する。ところがシャンムガスンダラムは頑として受け入れない。というのも、彼はバスカランのことを良く思っていなかっただけでなく、以前に泥酔したナーラタンビからもさんざ侮辱されたことがあったからである。しかも彼は、チャンドリカの結婚相手としてアメリカ在住のソフトウェア技術者を決めており、この会場に呼び寄せていた。間を置かず、その男シヴァ(Jeeva)がバスカランとチャンドリカの前に現れる、、、。

   *    *    *    *

 若さとバカさが弾ける、活きの良い映画だった。かなり面白い。
 前作の【Siva Manasula Sakthi】では、都会(チェンナイ)を舞台とした変化球的ラブコメを見せたラジェーシュ監督だが、本作では地方の門前町(クンバコーナム)を舞台とし、ラブストーリーというよりは「バカ者奮闘記」といった内容だった。登場人物の設定やストーリー立ても、クライマックスを除いては、ずっとオーソドックスでストレートなものだった。

 ただ、ストーリーがありがちなものだといっても、映画全体から受ける印象は逆に新鮮な感じがした。(これは近ごろのタミル映画のヒット作に共通に見られる特徴だ。)
 新鮮さを感じる1つの要因として、スプーフ的側面もあるだろう。上でわざわざスプーフ映画について言及しておいたのも、本作もスプーフ的要素を持っているということを指摘したかったためだ。特にクライマックスの、シヴァ(Jeeva)が現れ、チャンドリカ(Nayantara)を巡ってバスカラン(Arya)と決着を付けるシーンは、もろにスプーフ的な珍奇な方法が採られている(これについては当然賛否が分かれると思う)。
 従来のタミル映画の約束事をさりげなく外している部分もあり、また、映画中のあちこちで、過去のタミル映画に対するパロディー的引用が散りばめられていた。(例えば下の写真。はっきりと【7G Rainbow Colony】からの引用。)

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 しかし、このスプーフ的手法はラジェーシュ監督がトレンドを意識して使ってみただけのものでしかなく、本作の新鮮さの本当の源は別のところ、つまり「バスカラン」というバカ者の造形がうまく行っていたからだと思う。(近ごろのタミル映画では「若者」と「バカ者」がほぼ同義になっているのが興味深い。)
 本作は「しゃべくり映画」とも呼べるほど「セリフ密度」が高く、特にバスカランと相棒ナーラタンビ(Santhanam)の会話はスピーディーでエネルギッシュで滑稽だった。この可愛らしくもバカバカしいやり取りが本作の鮮魚のような活きの良さの源だったと思う。
 しかし思えば、バカを笑い、共感し、そこから何かを学ぶというのは、タミル娯楽映画(それに限らないが)の伝統だったのではないか。他に、バスカラン家とチャンドリカ家の家族の設定と描き方、演技も、ほんわかとしたインド映画らしいもので、そうすると本作は、新奇な手法とは裏腹に、かなり保守的なものであり、かえってエヴァーグリーンな艶やかさが新鮮なものとして見えたのかもしれない。先日紹介した【Kalavaani】とやや似たところがある。

◆ 演技者たち
 バスカラン役のアーリヤは、【Naan Kadavul】(09)、【Madrasapattinam】(10)と印象的な作品が続き、もはやトップ俳優への地歩を固めたと見ていいだろう。本作も彼の代表作となるに違いない。
 不器用そうな俳優に見えたが、幅広い役柄をこなせるようになり、本作ではコメディーの才を見せている。この場合、彼の頭が良いんだか悪いんだか分からない風貌がプラスに働いたようだ。(例えばこんな顔。)

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 しかし、そのアーリヤの演技を引き立てたのはナーラタンビ役のサンタナムだと言える。ヒーローにいじられるという点では従来のコメディアンと同じだが、ストーリーに自然に絡めるタイプのコメディアンとして、リアリズムの時代には重宝されるだろう。
 (写真下:AryaとSanthanam。「ナンベンダ!(ともだちっ!)」)

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 ヒロイン、チャンドリカ役のナヤンターラは、いつになく地味キャラだったが、これがまた実に上手かったし、可愛く見えた。こういう、口に手を当てて笑うナヤンさんというのも、珍しいのではなかろうか。

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 脇役陣も総じて良かったが、ここではバスカランの兄嫁、ナンディニ役のヴィジャヤラクシュミと、盲目の女講師アンナプールニをやった人(名前は分からない)が印象的だったと記しておこう。
 ラジェンドランという、近ごろ見かける怪異な風貌の役者が金貸し屋で登場していた。

 クセ者俳優のジーヴァが特別出演しているが、実は彼は、ラジェーシュ監督の前作【Siva Manasula Sakthi】では主役を務め、その時はアーリヤが特別出演していた。本作では逆の立場になっており、ここもセルフパロディーになっている。
 特別出演としてもう1人、グラマーな女講師役でシャキーラが出ていた。(同じく【Siva Manasula Sakthi】にも出演。)

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽は【Siva Manasula Sakthi】と同じく、ユワン・シャンカル・ラージャが担当している。出来はまずまずだが、【Siva Manasula Sakthi】に比べると、落ちる。
 ヨーロッパで撮影された音楽シーンがあったが、映画全体の雰囲気とは合っていなかった。

 撮影は概ねクンバコーナムで行われ、タンジャーヴールやティルチラパッリ、マイソールなどもロケに使われたらしい。
 なお、おそらく意図的に狙ったと思われるが、本作では登場人物の背景に寺院が映り込んでいる率がやたらと高かった。これは、門前町クンバコーナムの情緒を伝えるだけでなく、保守的で穏やかな雰囲気を醸し出す点でも、効果的だったと思う。(例えば、こんなの。)

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◆ 結語
 【Boss Engira Baskaran】は、「Old Wine in New Bottles」といった感じの家族コメディーの佳作。アーリヤのファン、新種のタミル映画ファンにはお勧めしたい。

・満足度 : 3.5 / 5
 

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