カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Olave Mandara】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2011/02/05 03:24   >>

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 ポンガル向けの話題作が一頻り登場すると、南インド映画はここ2週間、地味な作品のみの公開となった。こんな時にこそあまり注目の集まっていない作品を観ようと、カンナダ映画の【Olave Mandara】を選んだ。
 本作は監督も主演男優も新人のロマンス映画らしく、去年はこの種のカンナダ映画を多く観て痛い目に遭ったので、いささか怯まないでもなかった。ただ、レビューの評価は概ね高く、もしや隠れた秀作になるかもしれないと思い、観ておくことにした。
 「Olave Mandara」は「愛の花」といった意味。

【Olave Mandara】 (2011 : Kannada)
物語・脚本・台詞・監督 : Jayathirtha
出演 : Srikanth, Akanksha, Rangayana Raghu, Veena Sundar, Nasser, Sharan, Sadhu Kokila, その他
音楽 : Deva
撮影 : Ravikumar Sana
編集 : K.M. Prakash
制作 : B. Govindaraju

《あらすじ》
 シュリーキー(Srikanth)はダンスと音楽が生き甲斐の若者。実業家の父(Nasser)は息子にもビジネスの世界に入ってもらいたいと思い、シュリーキーにグループ会社の経営を任そうとするが、彼はそれを断る。
 シュリーキーは、通っていたダンス学校の仲間とチームを組み、タミル・ナードゥ州コインバトールで開催された全国ダンス競技会にバンガロール代表として参加する。そして見事に優勝する。
 この競技会にアッサム州からも舞踊チームが参加していたが、シュリーキーはそのメンバーの1人、プリーティ(Akanksha)という女性に惹かれる。彼は裕福な都会っ子らしく、軽い気持ちでプリーティに接するが、彼女はそれを本気に受け止める。シュリーキーはこのプリーティの純心さに感動し、必ずアッサムまで行って母に会う、と彼女に約束する。競技会の終了と共に、プリーティはアッサムに帰る。
 シュリーキーは、列車でバンガロールに戻るとき、途中下車した際に列車に置いてきぼりをくらい、財布とクレジットカードと携帯電話を失ってしまう。やむなく歩き始めたシュリーキーは、老夫婦のラトナ(Rangayana Raghu)とナンジー(Veena Sundar)に出会う。ラトナは靴修理をしている男だったが、妻のナンジーが身体障害者だったため、有名なヴィシュワナート寺院でプージャを受けさせようとヴァラナシに向かっているところだった。といって、貧しい二人はバスや列車を利用する金もなく、ナンジーを乗せた荷車をラトナが牽いての、徒歩による旅だった。この二人の確固とした夫婦愛に感動したシュリーキーは、自分もこのまま徒歩でアッサムまで向かう決意をする。そして、自分の持っていたシヴァ神のペンダントをラトナに渡し、祝福して別れを告げる。

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 徒歩による旅は山あり谷ありだったが、道中でシュリーキーは、安食堂の亭主や百姓、部族民、盗人、ダンサー、修行者などの生活に触れ、また彼らのサポートを受けて、真の愛というものを知る。
 ところがアッサムでは、プリーティはシュリーキーを待ち続けていたが、母は娘が都会男に騙されたと思い、結婚話を決めてしまう。プリーティは逆らえず、結婚の準備が進められる。
 一方、ラトナ夫婦は苦労の末、ヴァラナシに到着する。ところが、ガンジス川を見るや否や、ナンジーは死んでしまう。
 シュリーキーはなんとかアッサムに到着し、教えられたプリーティーの家まで辿り着く。ところが、そこで彼女の結婚式が行われているのを見て、彼はその場を離れ、自殺を考える。
 妻の死に絶望したラトナは、神を呪い、ガンジス川に入水自殺しようとする。ところが、その時シュリーキーにもらったシヴァ神のペンダントに気付き、自殺を思い留まる。
 一方、プリーティーもシュリーキーがやって来たことに気付く。彼女は彼が落として行ったビデオカメラの映像を見て、すべてを悟り、結婚式を取り止め、シュリーキーを探しに行く。

   *    *    *    *

 非常にきれいな映画だった。
 実は、映画作品としての完成度はかなり低い。新人監督のジャヤティールタは舞台演劇出身の人らしく、そのせいか、映画を作るという点ではぎこちないものを感じた。ストーリーの展開にムラがあり、映画の前半ではそんなに重要でないようなエピソードが延々と続き、後半になってやっと物語が動き始めるのだが、並行して描かれるシュリーキーのアッサム行きとラトナ夫婦のヴァラナシ行きとアッサムでのプリーティのエピソードのバランスが悪く、編集の拙さもあって、つんのめりそうになる部分があった。主役ペアのパフォーマンスも未熟で、特に冒頭のシュリーキーを導入する音楽シーンは、あまりの野暮ったさにうちへ帰ろうと思ったほどだ。
 しかしながら、本作は内容的に美しく、感動できた。

 結局は「ハートがある」ということだろうと思う。本作でジャヤティールタ監督が価値を置いているのは、お金や物質的豊かさではなく、「愛」だという、非常にシンプルなものだった。愛といっても、好いた惚れたの恋愛感情ではなく、家族愛とか他者への思いやりとかいった人間愛なのだが、シュリーキーは父の与える富には価値がないと思いつつ、だからといって何が大切かも分からず、とりあえずはダンスに情熱を注いでいる。だが、プリーティやラトナ夫婦、旅の途上で出会った人々とのやり取りを通して、本当に価値のあるものとして「愛」を見出す。こういう根本的な愛の話はくさくなりがちだが、人間性に対するジャヤティールタ監督の信頼度があまりにも無邪気な次元だったので、むしろ一服の清涼感を感じた。

 愛や人生の意味を知らない若者が、様々な体験を通してその意味を悟り、人間的に成長するという物語は、インド映画ではオーソドックスなものであり、本作も特に特殊ではない。その成長のきっかけ・過程に「旅」という要素を持ってきたのは本作の面白いところだが、ただ、それもテルグ映画【Gamyam】(08)からの強い影響があるように見えた。しかし、本作の場合、主筋であるシュリーキーのアッサム行きに、ラトナ夫婦のヴァラナシ行きのエピソードを絡めたのはアイデアだった。おかげで物語が深みを増し、特にナンジーを失ったラトナがガンジス川に入るシーンなどは、映画のストーリーというより、ほとんど「哲学」だった。

 それにしても、徒歩で、または荷車を牽いて、南インドからアッサムやヴァラナシまで行くという発想には笑った(実はシュリーキーは走っていたのだが!)。【Ambaari】(09)という作品はボロ自転車の二人乗りでバンガロールからアグラまで行くというものだったが、カンナダ人はどうしてこういう極端な物語を考えるのだろう?
 映画だと割り切っても荒唐無稽すぎる気がするが、しかし私は、こういう「ゼロ・パワー」とでも言うか、何にもないどん底の状況で発揮されるしぶとい力強さの中に、インド人らしさを感じる。
 本作の中で、シュリーキーがガヤー(ビハール州)の近くの小村を通過したときに、村の娘に岩山を切り開いて作った道に案内される。この道こそ、Dashrath Manjhiという人が、妻がこの岩山から転落して怪我をしたのをきっかけに、ハンマーと鑿だけで22年かけて開削したもので、この「山を動かした男」のエピソードが劇中劇の形で簡単に紹介されている。この男のゼロ・パワーも本作のテーマにぴったり沿うものだ。(Dashrath Manjhiについては、こちら参照。)

◆ 演技者たち
 主人公のシュリーキーを演じたのは新人俳優のシュリーカーント。残念ながら、この人に関しては何の感興もそそられなかった。この役を別のしっかりした俳優、例えば数年前のプニート・ラージクマール辺りがやれば、本作の完成度はぐっと上がったと思う。実は、この人は本作のプロデューサー、ゴーウィンダラージュの息子で、本作は親父が息子のために用意した企画といった色彩が強いのだが、それが悪いとは言わないが、これほど度々魅力のない2世3世のデビューが続くようなら、カンナダ映画界の将来は本当に暗いというものだ。

 ヒロインのプリーティを演じたのはアーカンクシャという人で、どうやら北インドの女優らしい。きりっとした美人で、悪い印象はなかったが、アッサム人というふうには見えなかった。
 (写真トップと下:シュリーカーントとアーカンクシャさん。)

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 主役ペアの弱さに比べて、脇役陣はそれなりに味があった。中でも迫力があったのは、ラトナ役のランガーヤナ・ラグだった(下)。

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 シュリーキーの友人役のシャラン、しがない盗人役のサードゥ・コーキラ、その他、名前はまったく知らないが、印象に残る端役が何人かいた。

◆ 音楽・撮影・その他
 音楽はベテランのデーヴァの担当。2曲ほど、センティメンタルだが、非常にきれいな曲を書いている。

 撮影は並みの技術だったと思うが、シュリーキーとラトナの行程に即して、実際にインド各地で撮影された光景が見ものだった。全部で9つの州を回ったらしい。こうやってタミル・ナードゥ州からアッサム州までカメラで辿っていくと、インドの広さと気候風土の多様さが改めて実感できた。

◆ 結語
 【Olave Mandara】は、映画的な完成度は低いものの、ストーリー面でも映像面でもインド映画らしい美しさが散見される佳品だった。特にお勧めはしないが、私は観て良かったと思っている。新人監督のジャヤティールタには次回作でのさらなる飛躍を期待したい。

・満足度 : 3.0 / 5
 

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