カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Puttakkana Highway】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2011/05/25 21:14   >>

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 先日、2010年の作品を対象とした第58回・国家映画賞の発表があり、カンナダ映画(及び、カンナダ映画関係者)も4部門で受賞し、なんとかインドにおける一映画産業界としての面目を保つことができた。
 その受賞作品の一つで、最優秀カンナダ映画賞に輝いたのが今回紹介する【Puttakkana Highway】。故意か偶然か分からないが、受賞発表の翌日に公開となったので、早速観て来た。
 監督はB・スレーシャ。あまり目立つ人という印象はないが、俳優、プロデューサー、監督、テレビドラマ監督、脚本ライターとして渋い活躍をしている人のようだ。映画監督としては本作が3作目で、第2作の【Artha】(03)という作品ではカルナータカ州映画賞の最優秀作品賞を受賞しているらしい。
 (写真下:B・スレーシャ氏近影。胸に挿した青ボールペンが雰囲気だ。)

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 原作はナーガティハッリ・チャンドラシェーカルの‘Puttakkana Medical College’という小説らしい(ナーガティハッリ・チャンドラシェーカルは本作にカメオ出演もしている)。プラカーシュ・ライとそのプロダクション「Duet Movies」がプロデュースの一端を担ぎ、彼は常のごとく出演もしている(ちなみに、プラカーシュ・ラージはカンナダ映画ではプラカーシュ・ライと名乗ることが多いので、本ブログでもそう表記しておく)。
 題名の「Puttakkana Highway」は「プッタッカの幹線道路」という意味。開発(道路建設)の問題をプッタッカという女性の立場を通して描いた作品である。

【Puttakkana Highway】 (2011 : Kannada)
物語 : Nagathihalli Chandrashekhar
脚本・台詞・監督 : B. Suresha
出演 : Shruthi, Prakash Rai, Achyuth Kumar, Veena Sunder, Srinivasa Prabhu, Mandya Ramesh, Satish, Neenasam Ashwath, Baby Prakruthi, Sihikahi Chandru, R.G. Vijayasarathy, Nagathihalli Chandrashekhar
音楽 : Hamsalekha
撮影 : H.M. Ramachandra
編集 : John Harsha
制作 : Shylaja Nag, Prakash Rai

《あらすじ》
 プッタッカ(Shruthi)は虚ろな気持ちで幹線道路を歩いていた。自分の村へ帰る道すがら、彼女の脳裏にこの16年間の出来事が思い浮かぶ。
 ・・・
 プッタッカは16年前に夫(Neenasam Ashwath)や友人たちと共にビシレーハッリ村に入植し、農業をやって糊口をしのいでいた。彼女は娘のチンヌをもうけ、平和に暮らしていたが、夫とは早くに死別する。
 ある時、プッタッカと村人たちはこの村に新しい道路が建設されるニュースを知らされる。しかもそのルートはプッタッカの畑と夫の埋葬地も横切るというものだった。
 プッタッカら村人はこの道路計画に抗議し、パンチャヤットの長(Srinivasa Prabhu)と共に建設業者に掛け合うが、埒が明かない。逆に、村人の中には立ち退きの補償金をもらって土地を手放す者も現れ始める。
 プッタッカは近所に住むシャニ・クリシュナ(Prakash Rai)という男を頼り、役所に掛け合ってもらうが、この男もまったく役に立たない人間であった。
 プッタッカは高位の役人と話をする機会を得るが、土地の所有を証明する書類がなかったため、プッタッカの主張は通りそうになかった。だが、彼女はその役人からバンガロールにいる州首相に直訴するようにとアドバイスされる。
 プッタッカは娘のチンヌや隣家のマドゥ夫妻と別れを告げ、単身バンガロールに出て来る。しかし、立ち退き問題で何も進展がないまま、彼女は所持品をすっかり盗まれてしまい、困窮する。
 ・・・
 それから2年、自分の村に戻ったプッタッカは、村と村人の様子がすっかり変わってしまったのを見て、ショックを受ける。

   *    *    *    *

 どんよりとした、悲痛な映画だった。
 はっきり言って、あまり面白くない。アート系フィルムだと予想されたので、娯楽映画的面白さは期待していなかったが、それでも国家映画賞を取るぐらいだから、知的な力強さと完成度は期待できるだろうと思った。しかし、そのどちらでも首をかしげる作品だった。

 作品全体からポジティブなメッセージが感じられなかったように思う。
 開発と開発の犠牲者(この場合、道路建設と立ち退きを強要される村人)の問題は、カルナータカ州やインドに限らず、古今東西普遍的な問題だ。これをテーマとした映画を作る場合に難しいのは、開発というのが必ずしも悪ではなく、一方的に断罪できないことだ。当の村人にしても、開発のおかげで生活水準の向上を体験しているはずだ。ただ、それでも「負け組み」というか、開発に押し潰された不幸な人々はいるはずで、本作はまさにそうした事例としてプッタッカという女性を描き出し、観客に何事かを考えさせようと狙ったものだと思われる。
 それは構わないのだが、ただ、プッタッカと娘のチンヌが絶望したままで終わり、今後どこへ行くのか分からない。彼女たちの明日が見えてこない。これは気の滅入る終わり方だ。

 開発の問題に対して「こうしたらいい」という「解決策」は難しいと思うが、それでもB・スレーシャ監督は「展望」のようなものを提示すべきだったと思う。それと関連して、私が本作で最も失望した点は、プッタッカの娘チンヌの顛末だ。
 プッタッカは州首相と会うためにバンガロールに行き、なぜか2年のブランクの後に自分の村に戻り、あまりの変わり様に驚くが、中でも娘のチンヌが完成した幹線道路の橋脚の下で「売春婦」として生活していたことにショックを受ける、というオチになっている。これはまさに開発の犠牲者の最たる例として衝撃的ではあるのだが、こうも悲劇ばかりで終わる必要もなかったと思う。むしろ逆に、例えば、チンヌは貧しいながらも一生懸命勉強して、弁護士になるために法律大学に入学し、弱者(無学で貧しい村人)が強者(政府と大企業)に泣き寝入りしないような社会を作る決意を示す、というような終わり方にしてくれれば、観客もすっきりした気分で劇場を出られたと思う。

 開発に関連する否定的な側面として、開発の大義名分の下に、結局は政治家・役人と開発業者が私腹を肥やす、という図式があるのだが、本作でもそれは批判的に描かれていた。ただ、監督は誰に気兼ねしたのか知らないが、さらりと仄めかし程度の描き方だった。さらりと暗示するというのがアートフィルムの妙味なのかもしれないが、この程度の事柄なら、テレビニュースや新聞でも日常的に報道されているので、社会問題の告発としては迫力に欠けると思った。

 脚本の完成度という点でも、どうも本作には理解しにくい点が多く、いちいち引っ掛かった。
 いくつかのレビューで指摘されているとおり、プッタッカはバンガロールに行って村に戻るまでの2年間、何をしていたのか、どうして「徒歩」で村まで帰ったのか、もよく分からないのだが、最大の疑問はやはりチンヌ絡みのことだ。
 プッタッカは2年ぶりに村に戻ったというのに、土地や家のことばかり気にして、チンヌのことを後回しにしていたのだが、これは娘を持つ母親の態度としてはあり得ないだろう。まず「チンヌは?」と村人に問うのが自然じゃないだろうか。
 また、チンヌはどうして売春婦になったのだろう。目と鼻の先に家族同然とも言えるマドゥ夫妻がおり、しかも夫妻は食堂を経営して成功していたというのに、どうしてチンヌが売春をやることを止めなかったのだろう?
 上に書いたことと併せて、どうも私はこのチンヌの顛末に収まりの悪いものを感じる。
 (もしかしたら監督は、チンヌのエピソードに「補償金をもらって土地を手放すというのは、金をもらって体を売る売春と同じぐらい、またはそれ以上に、恥ずべきことだ」という辛辣な主張を込めたかったのかもしれないが。)

◆ 演技者たち
 それにしても、プッタッカを演じたシュルティの演技は、映画賞受賞作品の主演女優に値するものだった。悲しみや怒りをそつなく表現している。しかし、悲しいかな、細々と暮らす村の百姓女にしてはまだきれいすぎる(芝居がかった)ところがあり、今回の国家映画賞でも、主演女優賞をタミルのサランニャ・ポンワンナンに持って行かれたのは悔しいところだろう。

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 プラカーシュ・ライが大きくない役でひょっこり登場し、特においしいとこ取りもせず、チームプレーに徹していたのが面白かった。(参考に、プラカーシュ・ライとB・スレーシャとは駆け出し時代からの友人らしい。)

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 その他、アチュユタ・クマールやマンディヤ・ラメーシュ、サティーシュ、シュリーニワーサ・プラブら脇役俳優が、通常の娯楽映画に出演しているときとは違った味のある仕事をしていた。こういうのを見るにつけ、こちらのお方が「最近のカンナダ映画界では脇役俳優はランチの漬物ぐらいの使われ方しかしとらん」と嘆くのも肯ける(こちら)。

◆ 音楽・撮影・その他
 ハムサレーカの音楽がまた濃厚な情念の塊のようなもので、やや疲れた。しかし、悪くはない。久々に南インド的情感に触れたような気分だ。
 歌詞はヨーガラージ・バットが書いているらしい。

 撮影はHM・ラーマチャンドラという人の担当。小動物(昆虫や毛虫、貝など)のクローズアップの多用が印象的だった。

 物語の舞台となった村は「Bisilehalli」という名前だったが、たぶん架空の村だろう。村人たちもそれぞれカルナータカ州各地の方言を話していたらしく、州内のどの辺かということも特定できないようにしていたようだ。
 よって、問題となった道路も、劇中では「州道108号線」と言及されていたようだが、実在する州道108号線のことではないと見るべきだろう。むしろ、計画時期と道路の仕様からすると、バンガロール・マイソール間を繋ぐ「NICE Road」の建設とそれに絡む土地買収問題が念頭にあるものと思われる。

◆ 結語
 きちんとした評価は字幕付きDVDを観てからにしたいが、「国家映画賞受賞作品にしては、、、」と、やや苦しいものを感じる作品だった(もっとも、国家映画賞好みの映画とも言えるのだが)。インドの社会問題に関心のある方、こういう勲章付きのアートフィルムは観ておきたいという方以外は、特に見る必要はないと思われる。

・満足度 : 2.0 / 5
 

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