カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Rajanna】 (Telugu)

<<   作成日時 : 2011/12/29 21:11   >>

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 ナーガールジュナ制作・主演のテルグ映画。
 「クリスマス公開のナグさんの映画は当たる」というジンクスどおり、【Don】(07)、【King】(08)、【Ragada】(10)など、クリスマスに封切られた作品が好興行成績を上げている。縁起を担いだわけではないだろうが、やはりクリスマス公開となった本作【Rajanna】も注目を集めていた。なんでも、ナグさんがインド独立時のフリーダム・ファイターの役をやるらしい。
 監督はヴィジャイェンドラ・プラサードで、この人は映画監督よりストーリー・ライターとして有名で、メガホンを執るのは1996年公開の【Arthangi】以来、2作目となるらしい。実は、この人はS・S・ラージャマウリ監督の父で、【Yamadonga】(07)や【Magadheera】(09)など、同監督の多くの作品に物語を提供している。ちなみに本作のアクション・シーンは息子のほうが担当しているとのことだ。

【Rajanna】 (2011 : Telugu)
物語・脚本・監督 : Vijayendra Prasad, S.S. Rajamouli(アクション・シーン)
出演 : Akkineni Nagarjuna, Baby Annie, Sneha, Shwetha Menon, Nasser, Mukesh Rishi, Ravi Kale, Pradeep Rawat, Ajay, Supreet, Shravan, Hema, Vijayakumar, Telangana Sakuntala
音楽 : M.M. Keeravani
撮影 : Shyam K. Naidu, Anil Bandari
編集 : K. Venkateswara Rao
制作 : Nagarjuna Akkineni

《あらすじ》
 1948年、現在のアーンドラ・プラデーシュ州北部にあるネーラコンダパッリ村。ラッチャンマ(Sneha)は女地主(Shwetha Menon)の手勢に襲撃され、命を落とす。幸い、生まれて間もない女児は老人サンバイヤに救われ、育てられる。
 歳月を経て、その女児マッランマ(Baby Annie)は歌の上手な少女に育っていた。ある日、マッランマは女地主の屋敷で歌を歌うが、それを聴いた女地主は、ある理由から、マッランマが歌うことを禁止する。しかし、その後もマッランマは歌をやめなかったため、女地主は養父サンバイヤを殺し、マッランマも焼き殺そうとする。その場は音楽教師(Nasser)に救われたマッランマは、彼の助言に従い、デリーへ行くことにする。女地主に抑圧された村の惨状を時の首相ネルーに訴えるためである。
 困難の末、デリーに到着したマッランマは、親切な夫婦の下に保護される。マッランマはたまたまある音楽家と出会い、音楽コンテストに参加することが決まる。そのコンテストにはネルー首相も出席することになっていた。
 だが、その事実を知ったネーラコンダパッリ村の女地主は、音楽教師を引き連れ、デリーまで飛んで来、マッランマと音楽教師を廃屋に閉じ込めてしまう。そこで音楽教師はマッランマに、彼女の実父である英雄ラージャンナについて語って聞かせる。
 ・・・
 フリーダム・ファイターのラージャンナ(Nagarjuna)は、1947年8月15日にインドの独立を達成した後、故郷のネーラコンダパッリ村に帰って来る。だが、当時、その地はまだニザーム藩王国の支配下にあり、村人は地主やニザームの役人、及びイスラーム教徒の民兵組織「ラザーカール」に抑圧されていた。これに対してラージャンナは、村人たちを歌によって鼓舞し、反乱を起こし、地主の親族やニザームの要人を殺害する。
 ラージャンナは村人たちに村の解放と開発を約束する。また、彼は村娘のラッチャンマと結婚し、ほどなく彼女は懐妊する。
 これに対して地主陣営は、ラザーカールにさらなる支援を求める。ここにラージャンナ及びその仲間とラザーカールの間で戦闘が開始される。ラージャンナらは敵勢力を撃破するが、自分たちも殉死してしまう。以来、村人たちは亡きラージャンナを崇拝するようになるが、女地主はそんな村人たちを敵視していた。
 ・・・
 なんとか廃屋から脱出したマッランマと音楽教師は、音楽コンテストの会場へと急ぐ。だが、生憎とコンテストは終了した後だった。しかし、空っぽの会場の中に亡父ラージャンナの魂を感じたマッランマは、マイクの前に立って歌い始める、、、。

   *    *    *    *

 インド独立時の社会的混乱期に、地方の村人たちのために闘ったフリーダム・ファイター(ラージャンナ)とその娘(マッランマ)の物語。
 物語の舞台は現在のアーンドラ・プラデーシュ州北端のアディラーバード(Adilabad)にあるネーラコンダパッリ村(Nelakondapalli)となっているが、これが実在する村かどうかは知らない。時代は1947年から50年代後半ぐらいまでの約10年間で、当時、この地方、つまりインド南部のデカン高原中央部、ハイダラーバードを中心とする広範な地域は「ニザーム藩王国」の版図だった。

 というわけで、本作を観るためには若干の歴史的予備知識が必要となる。
 ポイントとなるのは、1947年にインドとパキスタンが分離独立した際に、ハイダラーバードを中心とするニザーム藩王国は、住民の大半がヒンドゥー教徒であったにもかかわらず、支配者階級(ニザーム)がイスラーム教徒だったため、インド政府(ヒンドゥー教徒主導)に帰属することを拒み、単独の国家として独立しようとしたことにある。このニザームの独立運動には、武力的勢力として、カーシム・ラズヴィー(Qasim Razvi)率いる民兵組織「ラザーカール(Razakars)」(「イスラーム義勇軍」などと訳される)が力があったようで、映画の中にも登場する。
 これに対して、インド政府への帰属を望むヒンドゥー教徒側からは、スワーミ・ラーマーナンダ・ティールタ(Swami Ramanand Tirtha)らの活動家を中心に、大規模な「反ニザーム運動」が起きる。また、インド南部の広範な地域に独立国家(しかも、イスラーム教系)が成立することを恐れたインド政府が圧力をかけた結果、1948年にニザーム藩王国はインド政府に併合されることになる。

 本作のラージャンナは、上のような歴史的情勢の中で、先にイギリスと、後にニザームの勢力と闘うことになる。ラージャンナのキャラクターは実在した吟遊詩人で活動家のスッダーラ・ハヌマントゥ(Suddala Hanumanthu)がモデルになっていると言われている。また、映画中での彼の言動から、やはりスワーミ・ラーマーナンダ・ティールタの活動とも連なっているように感じられた。しかし、純粋な歴史劇というわけではなく、ヴィジャイェンドラ・プラサード監督は自由にフィクションを織り交ぜているようだ。
 (ちなみに、本作の舞台はテランガーナ地方に当たるが、本作が近年の「テランガーナ独立運動」の問題にリンクしているかどうかは分からない。)

 フィクション化と関連しているかもしれないが、どうも映画の年代が史実と食い違っているようなのが気に掛かった。つまり、ラージャンナが故郷の村に戻ってきたのはインド独立後で、はっきりと1947年。それからラッチャンマと結婚して、自身が殉死し、ラッチャンマも殺されたのが1948年。その後、娘のマッランマがデリーへ行くのはおそらく10年後ぐらいのことだから、1958年ごろになる。しかし、この時にはニザーム藩王国はとうの昔に消滅しており、ラザーカールも解体されていたはずなのだが、これはどうしたことだろう?

 疑問点はそんな次元だけでなく、そもそも本作は映画作品としてムラがあり、大雑把な部分と非常に良くできた部分が混在している。脚本が良いとは決して言えない。
 しかし、その良くできた部分は本当に胸を打つもので、他の欠点を余裕で帳消しにしている。事実、私は映画の終結部では涙が止まらないほど感動した。

 その感動的な部分の多くは音楽シーンなのだが、ラージャンナが村人たちを歌で鼓舞して抑圧者に立ち向かわせるシーンや、クライマックスの音楽ホールでのマッランマの歌などが素晴らしい。
 注目すべきことに、本作は2時間10分程度の比較的短尺でありながら、歌が9曲も入っている。これは近ごろのインド映画のスタンダードからすると図抜けて多いほうで、ミュージカル形式を強く保持していた古い時代の作品に迫るレベルだ。
 それで、本作は非常に音楽的な映画だと言ってもいいが、このことは曲数だけでなく、テーマ面でも表れている。映画中でラージャンナやマッランマは人々に魂を吹き込む手段として歌を利用している。しかし、これがそのまま本作を観ている観客の心をも鼓舞する効果があるのである。
 これが私には素晴らしいと思われた。本作では歌が単なる娯楽・快楽の手段として使われておらず、歌の持つ効用、歌を構成する詞、メロディー、リズム、気息などの持つ根源的な力がはっきりと意識されているからである。しかし、「歌」(及びそれと密接な関係を持つ「踊り」)の積極的な作用を重視するというのは、インドの伝統的な宗教・文化に基本的に見られる立場で、インド映画が「歌って踊る」のもそれと本質的に結び付いたことだ。そういった意味で、本作はインド映画らしいインド映画であり、インド文化そのものでもあると思えた。

◆ 演技者たち
 フリーダム・ファイターのような役をやるのはナーガールジュナにとっても初めてのことではないだろうか。実は、ラージャンナの導入シーンでは、鬼のような形相で馬に乗って出て来たものの、あまり迫力がなく、「ナグさんの胆力はこの程度か」とがっかりした。しかし、物語が進むにつれて役に力強さが増し、最終的には非常に素晴らしい人物像が出来上がっていた。
 (写真下:握りこぶしも力強いナグさん@ラージャンナ。)

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 (脱線するが、【Ragada】でも握りこぶしを見せていた。)

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 ナグさんの次に語られるべきは、もう一人の主役とも言えるマッランマ役のベイビー・アニーだ。私的にはそんなに凄いとも思われなかったが、各レビューでは総じてベタ褒め状態だ。(下)

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 他の登場人物もそれぞれ悪くはなかったが、上の2人に比べると存在感がずっと落ちる。
 ラッチャンマ役のスネーハは短いながら印象的。1箇所、非常に恐ろしい形相を見せる場面があり、これなら「Ammoru」もできると思った。

 アジャイ、スプリート、プラディープ・ラーワトなど、日頃悪役をしている面々が善玉(ラージャンナの同志)として登場していたのが面白かった。

 びっくり仰天に近かったのは、やはり女地主役のシュウェータ・メーノーンだ。とにかく、本来美人女優のシュウェータさんは近ごろ老け役、汚れ役など、女優としての新領域を開拓する作業に忙しいようであるが、まさか「悪役」まで来るとは思わなかった。
 ただ、顔の怖さや肩の怒り方、態度と同じくらいでかいケツのでかさなど、見た目は良かったのだが、演技的にはわざとらしさが感じられ、面白みに欠けた。
 (写真下:かつてアイシュワリヤやスシュミター・セーンとミス・インディアを競い合ったシュウェータさんが「因業ババァ」とは!)

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◆ 音楽・撮影・その他
 M・M・キーラワーニの音楽は非常に素晴らしい。映像と併せて楽しみたい。

 当時の村などを再現したリアルなセットは、【Magadheera】を担当したラヴィンダルの仕事らしい。

◆ 結語
 【Rajanna】は、脚本に難があるものの、傑作と呼ぶに値する「魂」のある作品。インド愛国精神の勝った内容だが、日本人が観ても十分感動できる。南インド映画ファンなら必見だ。

・満足度 : 4.0 / 5
 
¶参考
ニザーム藩王国のインド併合については、
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7464/1/isaka36_03.pdf
 

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