カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Drama】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2012/12/05 23:16   >>

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 サンダルウッドのエース監督、ヨーガラージ・バット監督の新作。前作の【Paramaathma】(11)は批評的にも興行的にももう一つ振るわなかったが、本作で挽回となるか?

【Drama】 (2012 : Kannada)
物語・台詞・監督 : Yogaraj Bhat
出演 : Yash, Radhika Pandit, Satish Neenasam, Sindhu Lokanath, Suchendra Prasad, Malavika Avinash, Sampath Raj, Lohithashwa, Rockline Venkatesh, Honnavalli Krishna, Achyuth Kumar, Kalyani, Sangeetha, Mitra, M.S. Umesh, R.G. Vijayasarathy, Ambarish(特別出演)
音楽 : V. Harikrishna
撮影 : S. Krishna
編集 : Sanath Kumar, Suresh
制作 : Jayanna, Bhogendra, Yogaraj Bhat

《あらすじ》
 マンディヤ県の村に暮らすウェンカテーシャ(Yash)とサティーシャ(Satish Neenasam)はいたずら好きの若者で、村人たちも手を焼いていた。
 ナンディニ(Sampath Raj)はドバイに拠点を置くマフィアのドン、デスーザ(Sampath Raj)の娘。母は自殺したことになっていたが、ナンディニは父が殺したと信じており、ゆえに父を激しく憎んでいた。デスーザはマンガロールのマフィアのドン(Lohithashwa)の息子を殺しており、それがため、両マフィアは対立していた。
 ある日、ウェンカテーシャとサティーシャたちがカバディをしているところへナンディニとその女友達たちがやって来、一緒にカバディをすることになる。試合中、ウェンカテーシャはナンディニにキスされ、その一撃で惚れる。ナンディニはそんなウェンカテーシャに対して、「私に会いたければ、ハーサンにあるシャーリーワーハナ・カレッジへ来い」と告げる。
 この言葉がウェンカテーシャとサティーシャの人生を変える。二人はPUCも7回落第してやっとこさ修了したほどの勉強嫌いなのに、突然、ハーサンのカレッジで勉強を続けると宣言し、家族を仰天させる。門出に当たり、ウェンカテーシャは通りすがりの人形占い師(Ambarish)に運勢を見てもらう。しかし、占い師の言葉は「死んでしまうほどの危険に直面するだろう」ということだった。
 二人はハーサンに到着し、「シャーリーワーハナ・カレッジ」に入学する。ウェンカテーシャはナンディニに再会する。一方、サティーシャは近くのチャイ屋の娘で聾唖のチャンドリカ(Sindhu Lokanath)に惚れる。
 このカレッジの学長シャーリーワーハナ(Suchendra Prasad)は悩める男だった。彼には妻のガーヤトリー(Malavika Avinash)がいたが、20年ほど前に仲違いして彼女が家出したきり、会っていなかった。当時ガーヤトリーは妊娠していたため、シャーリーワーハナは妻とまだ見ぬ娘を想う日々を送っていた。彼は精神的に不安定になることが多く、酒に浸り、精神安定剤を注射していた。
 ウェンカテーシャはもう一度ナンディニにキスをせがんでいた。それで彼女はウェンカテーシャに「学長の頭を剃ったなら、1000回キスしたげる」と告げる。ウェンカテーシャとサティーシャは酔った勢いで夜中にシャーリーワーハナの部屋に忍び込み、本当に彼の頭を剃ってしまう。ところが、学長が目を覚ましてしまったため、揉み合いとなり、家具の角に頭をぶつけた学長が倒れてしまう。二人は学長が死んだと思い、遺体(実は死んでいない)を運び出し、橋の下に隠す。ところで、ちょうどこの件と並行して、マンガロールのマフィアのドンがデスーザの娘ナンディニを殺害しようと、刺客をカレッジに送り込んでいた。この動きをデスーザがキャッチし、その手下が逆にこの刺客(禿頭の男)を殺害し、死体をカレッジ近くの線路上に置き、列車に轢かせる、という出来事が起きていた。
 翌朝、線路脇に身元判別不能のバラバラ死体(禿頭)が発見される。捜査に当たった警官(Rockline Venkatesh)は現場近くにシャーリーワーハナの携帯電話とサンダルを発見し、また携帯電話内のビデオ映像からウェンカテーシャがシャーリーワーハナの頭を剃っていたことを知る。また、シャーリーワーハナの日記から自殺を示唆する文言を見つける。それで警察は、死亡したのはシャーリーワーハナで、自殺だと結論付ける。
 一方、ウェンカテーシャとサティーシャは学長が死んでいなかったので驚愕する。また、二人は警察に呼ばれ、シャーリーワーハナが自殺したことを知らされる。
 二人は困惑してしまう。シャーリーワーハナが死んだとなっては、下手に生きた本人を解放すれば、自分たちが別の殺人事件の容疑者とされかねない。仮にその容疑を免れたとしても、学長からは退学処分に処せられるのは明白だった。そこでウェンカテーシャは学長の機嫌を取るために、妻ガーヤトリーを説得して、仲直りさせる作戦を考える。
 ウェンカテーシャとナンディニはマイソールまで行き、ガーヤトリーに会って事情を説明する。しかしガーヤトリーは、シャーリーワーハナとよりを戻すつもりはなく、妊娠していた子も中絶したと告げる。
 この作戦は失敗したので、次にウェンカテーシャは、偶然にもナンディニがガーヤトリーの生んだ娘だったというストーリーをでっち上げ、学長にガーヤトリーとナンディニのツーショット写真を見せる。この作戦は成功し、学長はすっかり信じるが、ナンディニは複雑な気持ちになる。
 ところが、シャーリーワーハナが公衆の前に姿を現したため、警察はバラバラ死体事件の再捜査を開始する。また、シャーリーワーハナ自身が仲直りを申し出るために直接ガーヤトリーに会いに行ってしまう。
 ウェンカテーシャとサティーシャとナンディニは、自分たちがあちこちでこしらえた作り話がばれ、天罰が下るのを恐れて、マンガロールの海辺に逃れる。ところが、娘とウェンカテーシャの関係を知ったデスーザがここまでやって来、ウェンカテーシャを殺そうとする。だが、ここにマンガロールのドンも現れ、さらにバラバラ死体事件の捜査から両マフィアの抗争をキャッチした警察も現れ、激しい撃ち合いとなる。マンガロールのドンは逃走し、デスーザもウェンカテーシャを人質に取り、逃れる。銃で撃たれたウェンカテーシャは、車の中で遺言のつもりでデスーザに、ナンディニを愛し、大切にするようにと忠告する。ウェンカテーシャは車を降ろされ、病院に運ばれる。
 ウェンカテーシャから娘のことを告げられたデスーザは激しく懺悔し、ボートの上でマンガロールのドンと対面し、ナンディニを殺さないよう懇願する。だが、敵対するドンは息子の復讐のため、聞き入れない。デスーザは最後にナンディニに電話を入れ、ウェンカテーシャを頼りにするよう言い含め、自ら爆弾を爆発させ、敵のドンもろとも爆死する。ちょうどその頃、病院のウェンカテーシャは危篤状態が続いていたが、ナンディニは彼がキスをせがんでいたことを思い出す、、、。
 その後、シャーリーワーハナはガーヤトリーとよりを戻し、ナンディニを養女にする。そして、退院したウェンカテーシャとサティーシャは、それぞれナンディニとチャンドリカのために学業を続けることにする。

   *    *    *    *

 ヨーガラージ・バット監督の作品といえば、セリフの面白さと雰囲気の良さで惹き付けてはいるものの、ストーリーが弱い、という批判が一般的だが、本作ではかっちりとストーリーも作っており、驚いた。上映時間も2時間35分と長い。これがあまりにうれしかったので、あらすじは詳しく長々と、しかもエンディングまでネタバレ100パーセント・モードで書いてしまった。

 総合的に見て、ヨーガラージ・バット監督の作品ではベストになるだろう。サスペンスなどではなく、ロマンティック・コメディーなのだが、先の読めないストーリー展開が実に面白かったし、同監督作品の良さでもある、のんびりした田舎の空気の中で深呼吸するような爽やかさは保持されている。

 ヨーガラージ・バット監督の作品というのは、物語が主人公にとって異郷の地で展開されること、ヒロインが主人公の人生を変える運命的な存在として登場すること、といった特徴があると思うのだが、本作もそうだった。人生に有意味な目的を持たず、享楽的に悪ふざけばかりしていたウェンカテーシャ(&サティーシャ)が、ナンディニの後を追ってハーサンに行き、てんやわんやの出来事の末、責任感ある人間に成長するという物語。ヨーガラージ・バット監督は映画のエンディングではっきりと「ちょっと勉強しなさい」というメッセージを若者たちに与えている(この直截さが凄いのだが)。

 しかし、この「成長物語」は本作の主筋を構成しているとはいえ、割とありふれた出来で、本作鑑賞後に残るじーんとした感動はむしろサブプロットのほうにあった。そのテーマを要約すると、「何らかの理由で幸福になり損ねた人が幸福をつかむ物語」になると思う。
 まず、学長シャーリーワーハナのエピソード。彼は自分の愚かさから妻ガーヤトリーと娘を失い、悔恨の日々を送る。しかし、ウェンカテーシャらのでたらめな行為の結果、ガーヤトリーと和解することができ、ナンディニを娘として受け入れる。
 次に、ナンディニの父で、マフィアのドン、デスーザのエピソード。彼も自分の愚かさから妻を死なせ、娘も失いかける。しかし、ウェンカテーシャのひと言で自分の罪に気付き、教会で激しく懺悔する。彼は死んでしまうので幸福になったとは言えないが、罪の償いに向けて曇りのない気持ちの中で爆死する。
 最後に、あらすじには書き込めなかったが、サティーシャの姉のエピソードがある。サティーシャは早くに両親を亡くしたため、この姉が親代わりとして、自分の結婚を犠牲にしてまで、サティーシャの面倒を見てきた。彼女は妻(病気で死期の迫った)のある男と不倫関係にあったが、姉の事情を知ったサティーシャは、その幸せを優先して、彼女の不倫を認める。
 この3つのエピソードはいずれも泣けるもので、ヨーガラージ・バット監督のハートを感じる部分だった。

 題名の「ドラマ」というのは、ウェンカテーシャらがシャーリーワーハナ対策としてでっち上げた作り話のことを指すが、もっと大きな意味が込められているように感じた。本作には「人形占い師」(アンバリーシュ演じる)が折々に登場し、出来事のすべてを見通しているというふうだった。これはおそらく、人間は神様の操り人形で、世界の出来事は神様の描くドラマだ、というようなことを表現していたのだろう。実は、この占い師のキャラクターがなくても物語は成立するのだが、インド人の決定論的思考パターンが窺える例として、興味深い。
 参考に、こういう人形を使った占い師は現在では見かけないが、昔は実際にいたらしい。
 (写真下:遊行の占い師を演じるアンバリーシュ。)

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◆ 演技者たち
 ヨーガラージ・バット監督作品のヒーローとして、この男がそろそろ来るかなぁ、と思っていたとおり、ヤシュが来た。ウェンカテーシャ役として、期待に応える十分なパフォーマンスだった。
 テルグ俳優ナーニのように小型のヒーローなのだが、けっこう器用で、本作のようなロマンティック・コメディーには旨みを発揮する。いつの間にか‘Rocking Star’なる冠タイトルを戴いたヤシュだが、大衆に支持されるようになったのは【Kirataka】(11:タミル映画【Kalavaani】のリメイク)の成功からだろう。同作品で彼はマンディヤの男を演じたが、本作でも同じ。彼の使うマンディヤ方言が活きていたいたようだが、それもそのはず、彼はマイソール(マンディヤの隣県)出身なのであった。

 サティーシャ役はサティーシュ・ニーナーサム。あまり目立たない脇役俳優だが、昨年のヒット作【Lifeu Ishtene】で注目された。
 ちなみに、サティーシャの恋人チャンドリカを演じたシンドゥ・ローカナートも【Lifeu Ishtene】で注目された人。
 (写真下:カンナダ版バカ者のヤシュ(右)とサティーシュ。)

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 ヒロイン、ナンディニ役はラーディカー・パンディット。彼女ももっと早くヨーガラージ・バット作品に起用されてもおかしくなかった女優だ。本作ではまずまずのパフォーマンス。
 (写真下:男と女がカバディの一戦を交えるとは、なんと大胆な!)

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 複雑なキャラクター、シャーリーワーハナを演じたのはスチンドラ・プラサード。【Bettada Jeeva】(11)の鑑賞記で紹介しておいた。
 その妻ガーヤトリー役はマーラヴィカ・アヴィナーシュ。知らない女優だったが、脇役俳優アヴィナーシュの奥さんとのこと。ガーヤトリーの役柄は変わっていて、「マイソール王室のマハーラーニー」という設定だった(なんで?)。

 ナンディニの父、クリスチャンのドン、デスーザ役はタミル俳優のサンパット・ラージ。渋く演じていた。
 その他、地元の警官役に映画プロデューサーが本業のロックライン・ウェンカテーシュが就いていた。

◆ 音楽・撮影・その他
 ハリクリシュナの音楽はなかなか良かった。音楽シーンも面白く作られている。

 撮影はS・クリシュナ。申し分のない映像だったが、「マジック」というほどでもなかった。

◆ 結語
 なんだかんだ言われながらもヨーガラージ・バット監督が大衆に支持されているのは、あくまでもカンナダ人の心情にぴったり即した映画を撮っているからだと思う。ゆえに、日本人がすんなり共感できるものでもないかもしれない。しかし、本作はストーリーも面白く作っているので、「たまにはカンナダ映画でもいかが」とお勧めしたいかな。

・満足度 : 3.5 / 5
 

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