カーヴェリ川長治の南インド映画日記

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zoom RSS 【Om】 (Kannada)

<<   作成日時 : 2013/08/08 23:43   >>

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 この週末も特に観たい映画が公開されず、窮地に陥るところであったが、ひょっこりカンナダ映画の【Om】がリバイバル公開されたので、これ幸いと観て来た。本ブログではDVDやYouTube、飛行機内のビデオサービスなどで見た映画は除外し、映画館で鑑賞したもののみを取り上げているが、かといって「新作映画に限る」という条件も設けていないので、リバイバルであろうと、劇場で観たなら堂々と書かせてもらう。しかし、本作を「リバイバル」と言うのは不適切かもしれない。実は本作は、1995年5月に公開されて以来、1日も途切れることなくカルナータカ州のどこかの映画館で上映されてきた作品で、つまり現在18年間のロングランを続けている映画なので、ある意味「新作」なのである。私も一度(正確な日付は忘れたが)2000年ごろに近所の映画館で鑑賞している。

 「現在18年間ロングラン進行中」の事実が示すとおり、本作は最もカルトなカンナダ映画だと見なされている。カンナダ語を母語とするカンナダ人で【Om】を知らない人はいないし、「観ていない」という人を探すのにも苦労するほどだ。しかし驚いたことに、制作プロダクションである「Vajreshwari Combines」(ラージクマール家の会社)が本作のテレビ放映権やDVD化権をまったく売ろうとしないため、今まで一度もテレビで放映されたこともないし、ディスクにもなっていない(こちら参照)。つまり、【Om】を観たけりゃ、映画館に行くしかないわけであるが、にもかかわらず、ほとんどのカンナダ人が観ているのである。

 監督のウペンドラにとっても、主演のシヴァラージクマールにとっても、本作は彼らのキャリアを決定付けた重要な作品なのであるが、広くカンナダ映画史的に見ても、「カンナダ・ノワール」と呼び得る一連の暗黒街映画を生み出す端緒となった作品である。P・サティヤ監督の【Majestic】(02)もプレーム監督の【Kariya】(03)もラヴィ・シュリーワトサ監督の【Deadly Soma】(05)も、すべて【Om】から来ているし、【Om】を越えていない。この影響はカンナダ映画界だけに留まらず、他言語映画産業にも及び、リメイクとしてテルグ映画で【Omkaram】(97)、ヒンディー映画で【Arjun Pandit】(99)が作られた。また、例えばラーム・ゴーパール・ヴァルマ監督の【Satya】(98)や【Company】(02)、マヘーシュ・マンジュレーカル監督の【Vaastav】(99)なども、直接影響を受けたかどうか分からないが、同じようなテーマを扱っている。

 私が本作を観たのはもう13年ぐらい前の話で、ほとんど覚えていないし、当時はまだインド映画鑑賞の「駆け出し」だったので、今の私の目にどう映るか、非常に楽しみだった。

【Om】 (1995 : Kannada)
物語・脚本・監督 : Upendra
出演 : Shivarajkumar, Prema, Shri Shanthi, Harish Roy, Kote Prabhakar, Tumkur Mohan, Upasana Seetharam, Honnavalli Krishna, Sadhu Kokila, その他
音楽 : Hamsalekha
撮影 : B.C. Gowrishankar
編集 : Shashikumar
制作 : Parvathamma Rajkumar

題名の意味 : オーム
映倫認証 : A (?)
タ イ プ : オリジナル
ジャンル : ドラマ
公 開 日 : 8月2日(金)(初公開は1995年5月19日)
上映時間 : 約2時間30分

◆ あらすじ
 バンガロールのラウディー(ヤクザ)の実態を調査していたジャーナリストのシャシ(Shri Shanthi)は、結果を『Om』という本に著し、有力なラウディーたちに配布して読ませる。
 シャシが調査していく過程で、彼女はマドゥ(マードゥリー:Prema)という女性と、マドゥに激烈な愛情を抱き、執拗に付きまとうサティヤ(Shivarajkumar)というラウディーの存在が明らかとなっていた。『Om』はこのサティヤとマドゥの関係を中心にまとめた本である。
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 そもそもサティヤはバラモン僧の息子で、自身も敬虔なヒンドゥー教徒として、僧侶になるべく修練していた。サティヤの通っていた大学にマドゥもおり、また、その地区を仕切るラウディー(Tumkur Mohan)の弟ディーナ(Kote Prabhakar)もいた。マドゥに惚れていたディーナは彼女にちょっかいをかける一方、くそ真面目なサティヤに対していじめを働いていた。マドゥは始めはこのいじめを面白がって見ていたが、すぐにサティヤの誠実な人柄に惹かれ、彼に「I love you」と打ち明ける。サティヤは有頂天となり、この愛を受け入れる。面白くないディーナとその兄は二人に対して嫌がらせを働くが、マドゥはサティヤに対して彼らと戦うようけしかける。それで、武器を手にしたサティヤはディーナとその兄に手ひどい傷を負わせ、病院送りにする。しかし、この件でサティヤは警察に逮捕されてしまうが、驚いたことに、この一連の出来事はすべてマドゥの仕組んだ罠だった。
 ・・・
 実はマドゥにはラーフルという兄がいたが、自殺していた。サティヤの大学でディーナの兄がレイプ事件を起こしたとき、ラーフルはその濡れ衣を着せられ、牢獄内で首を吊ったのである。サティヤはこのレイプ事件の唯一の目撃者だったが、ディーナの兄に脅迫され、裁判では「何も知らない」と証言していた。それでマドゥは、ディーナとその兄、さらにサティヤに対して復讐しようと、彼らに接近したわけであった。
 ・・・
 逮捕されたサティヤは、有力なラウディーの仲介で釈放される。サティヤはすぐさまマドゥに会いに行くが、ラーフルの経緯を聞かされ、ショックを受ける。また、自宅に戻っても、厳しい父に家を追い出されてしまう。サティヤは自分を釈放してくれたラウディーを頼るしか道がなく、以来、自身もラウディーとして暗黒街で恐れられる存在になった、というわけであった。
 暗黒街に堕ちてもマドゥに対して強い愛情を抱くサティヤは執拗に彼女に迫る。マドゥはサティヤを殺そうともするが、いくつかの出来事を経てサティヤの真意を悟り、自身も本当に彼を愛するようになる。彼女はサティヤにラウディズム(ヤクザ稼業)から足を洗うよう説得する。
 しかし、現実は甘くない。ディーナの兄を含むサティヤのライバルたちが共同してサティヤ殺害を企てる。そんな時にマドゥが入院してしまい、サティヤも見舞いに駆けつける。だが、そこへライバルのラウディーたちが群れを為してやって来、サティヤとマドゥに襲いかかる、、、。
 ・・・
 と、『Om』の本はここから先のページが破り取られていた。それを読んでいたラウディーたちは結末を知りたくて、シャシに詰め寄る。そこでシャシは彼らをある所へ連れて行き、サティヤとマドゥの現在の姿を見せる。

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◆ アナリシス
・いかにカンナダ人の間で絶大な人気を誇ろうとも、18年も前に作られた作品なので、私自身13年ぶりに観てもあまり感銘を受けないのではないかと心配したが、いやぁ、実に面白かった。というより、納得。こりゃあ、カルト・ムービーになるわ。私が観たインド映画の中では五指に入るね。ウッピとシヴァンナがカルナータカ州で英雄視されているのも肯ける。

・技術的には当然時代の制約があるので、今のテルグ映画のような高速ストーリー展開もド派手なアクションもないが、それでも十分スリリングな展開だった。ウペンドラの語り口が優れている。ストーリー構成は入れ子構造になっており、まず物語全体が『Om』という本の内容に即して流れるという形で与えられる。その中にマドゥの女友達ギーターがシャシに語る「サティヤとマドゥの物語」が挿入され(これがメイン・ストーリー)、その中にまたマドゥの回想による「兄ラーフル自殺のエピソード」が挿入される。1回観ただけではすっと頭に入りにくいストーリーで、ウペンドラ作品らしい。しかし、脚本はよくできており、緊張感が途切れない。

・本作は1990年代中盤のバンガロールのラウディー・シーンが扱われ、アンチ・ラウディズムがテーマとなっている。私はこれまで「rowdy」という語に「ならず者」、「ヤクザ」、「ギャング」、「マフィア」、「暴力団」などの訳語を当ててきたが、本作でウペンドラは意図的に「roedy / rowdyism」という語を強調していたので、上のあらすじではそのまま「ラウディー」とした。よく分からないのだが、どうもバンガロールで(カンナダ映画で)「ラウディー」と呼ばれる連中はボリウッド映画に出てくるような都市型広域暴力団(マフィア)とは違っており、かといってテルグ映画に出てくるような地方に根ざした豪族(ファクショニスト)とも違うようで、バンガロールの特定の区域(シマ)を仕切る小規模なローカル暴力集団を指すようである。

・バンガロールに都市型ラウディーが抬頭するのは80年代中盤らしく、ジャヤラージ、コートワール、オイル・クマールらの名前が知られている。これについては【Aa Dinagalu】(07)が参考になる。本作はそれより10年後のラウディー・シーンが扱われているが、それをウペンドラは非常に興味深い形で提示している。例えば、従来のラウディーたちが使う武器といえば「ロング」と呼ばれる刃物が専らだったが、この時期から銃が使われるようになったらしく、本作ではムンバイから招かれたラウディー(ハリーシュ・ラーイ演じる)が銃によるスマートな殺しのテクニックを「技術移転」するエピソードも挿入されている。また、リアルさを出すために、ウペンドラは映画中に「ジェーダラハッリ・クリシュナッパ(Jedarahalli Krishnappa)」、「猫目のラージェンドラ(Bekkina Kannu Raajendra)」、「コラング(Korangu)」、「タンヴィール(Tanveer)」らの本物のラウディーを出演させている(しかも、彼らのうちの何人かは服役中だったのに、本作撮影のためにわざわざ仮釈放させたというのだから、驚きだ)。しかし、私の目には誰が誰だか分からなかった(カンナダ人の知人を横に座らせて鑑賞すべきだった)。

・さらに、情念の表現がとことん激烈なのが良い。私は本作を多くのインド映画ファンにお勧めしたいのだが、実のところ、このこてこての愛憎劇にはよっぽどの免疫力のある方でないと苦しいかな、と思わないことはない。例えば、サティヤがマドゥに捧げる「ハート型のケーキ」。愛する人に捧げるケーキがハート型なのは普通のことだが、本作の場合は本当に「心臓」の形をしていたぞ! また、サティヤがマドゥをストーカーどころの騒ぎじゃないしつこさでまとわり付く一連のシーンも常軌を逸しており、本作がラウディズム批判の映画だということをつい忘れてしまうほどだった。その激烈情念を煽るハムサレーカの音楽がまた良い。

・しかし、ここまでごちゃごちゃ書いてもなお、本作の本当の面白さ、すなわち、本作が発している異様な力強さ、エネルギー、「力動性」については正しく伝えていないことに気付いた。私は、ストーリーや台詞を通してメッセージやある種の観念を伝えるタイプの映画ではなく、例えばタミル映画【Sivaji - The Boss】(07)やテルグ映画【Krishnam Vande Jagadgurum】(12)のように、映画そのものが「力動性」を発しているような映画が好きなのだが、本作はまさにそれだった。

・つまり、バンガロールにラウディズムがはびこり、ブラフミンのサティヤ自身が暗黒街に堕ちたというのは、モラルの根拠、社会システムとしてヒンドゥイズムが無力だということの象徴だと言える。しかし、どこか古代の沙門を髣髴とさせる反骨のブラフミンであるウペンドラにとって、本来のヒンドゥイズムとは無力なものではあり得ない。それは世界を創造・維持・破壊する神の活動に関するものであり、真の宗教的英雄とはそんな神の権化足り得る人物のことである。もしヒンドゥイズムが本当に力のあるもので、モラルの根拠足り得るならば、バンガロールはラウディズムから浄化されるはずだが、それにはサティヤが暗黒街から脱却できるかどうかが一つの試金石となる。果たしてサティヤは暗黒街から抜け出るが、それは「サティヤとマドゥの激烈な愛」、つまり「愛の力」によるものだと描かれている。しかし、この「愛」というのがもう、「好いた惚れた」の色恋沙汰の次元ではなく、世界を愛するが故に創造・破壊を繰り返す神の根源的作用のように感じられた。言い換えれば、サティヤがラウディーから堅気に戻ったというのは、ヒンドゥイズムの文脈では、世界(社会)が再創造されて、モラルが回復したということの比喩であり、その時サティヤは神の権化として他のラウディーの前に立ちはだかっていた、ということなのである。本作の題名が「Om」というのは、単なる思い付きではない。

・本作の欠点といえば、やはり結末だろう。13年前に観たとき、結末にずっこけた記憶があるが、今回も似たような印象を受けた。つまり、それまでのぎりぎりの際どいドラマから、一転して「説教」の世界に落ちるからであるが、続く【A】(98)や【Upendra】(99)を見る限り、ウッピがこういう穏当なモラル観を表明することはあり得ない。これは、オリジナルの結末ではCBFCが上映を許可しなかったことと、本作を制作したラージクマールのプロダクションへの配慮もあって、結末を作り変えたことによるらしいが、元々の【Om】はどんなクライマックスだったのか、想像するとわくわくする。

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◆ パフォーマンス面
・主演のシヴァラージクマールは気合い十分で本当に良い。「ラウディー」のサティヤはやっぱりシヴァンナの足の短さのおかげでそれほど見栄えは良くなかったが、力は感じた。一方、暗黒街に転落する前のブラフミン青年のほうはディーセントに上手く演じていた。
 当然、観客のほうも心得ており、名場面になるとシヴァンナに対してもの凄い声援が起きていた。そもそも2000年代初めまでは、ウッピやシヴァンナの映画を観ると、ヒューヒュー、ピーピー、やんややんや、押すな押すなの大騒ぎになったものだが、久々にその興奮が味わえた。今回私が観たのは土曜のモーニングショーで、客の入りも4割程度だったが、それでも活気を感じた。しかも、その週末はモーニングショー以外では満席になったと聞いている。シヴァンナ主演で今年公開された【Andar Bahar】は観客ゼロで上映を中止した劇場もあったと聞くが、18年前の【Om】のほうが集客力があるようだ。つまり、カンナダ人はシヴァラージクマールという俳優と【Om】のサティヤを別個に考えているのだろう。
 (写真下:暗黒街に堕ちる前の敬虔なサティヤ。男前だった。)

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・ヒロインのプレーマにも新鮮な驚きを感じた。何せまだ若い! 顔も厚ぼったくなく、足もすらっと細くて、全然可愛い。しかも、芝居が上手い。彼女が一時期サンダルウッドの看板女優だったのも肯ける。本作での役名は「マードゥリー」だが、【DDLJ】のカージョールのような外見だった。
 (写真下:本作のスチルというわけではありません。)

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・サードゥ・コーキラ、トゥムクル・モーハン、ハリーシュ・ラーイらも若くて、懐かしかった。

・女ジャーナリストのシャシを演じたのはシュリー・シャーンティという女優。とうの昔に銀幕から姿を消しているが、当時はお色気女優としてちょっと人気があったようだ。

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◆ テクニカル面・その他
・上で言及したとおり、ハムサレーカの音楽が歌、BGM共に素晴らしい。素晴らしいといっても、A・R・ラフマーンやシャンカル・エヘサーン・ロイなどをイメージするなかれ。通常の日本人が聴いたら「あちゃ〜」となるに違いないが、これが正調カンナダ・フィルム・ソングなのだ。
 音楽シーンも良くできているが、テルグやタミルのようにがんがん踊るというものではない。当然のことながら、歌詞もウペンドラが書いている。

・B・C・ガウリシャンカルの撮影も良い。この人はすでに故人らしい。

◆ 満足度 : ★★★★☆
◆ 必見度 : ★★★★★

◆ 鑑賞データ
・鑑賞日 : 8月3日(土),公開第1週目
・映画館 : Triveni,10:30のショー
・満席率 : 4割

 (オマケ画像:やっぱりお兄ちゃんはこういう「カンナダ太郎」ふうのほうが良いな。)

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 (ちなみに、こちらは「カンナダ三郎」さん。)

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